第24話 獣王の猛攻と賢者の記憶
禍風鵺との遭遇
ノアたちが走った先は、渓谷の最深部に位置する広大な洞窟だった。
その空間の奥には、禍々しい巨大な岩の玉座のようなものがあり、その前に、巨大な獣が静かに佇んでいた。
ノアたちはその異様な姿に息を呑む。猿のような四肢を持つ人型に近い体躯に、虎のような斑点模様、巨大な鷲のような翼。尾は蛇のように長く、その先端には毒の魔石を持つ。全身を青白い風のオーラが包み、常に微細な突風を発生させている。
「大嵐の獣王」 禍風鵺(かふうぬえ/Nue of the Blight Wind) 魔物ランク:A-
第5層の階層主(フロアボス)の一体(ダンジョンフロア形成時に決まる)。猿、虎、蛇、鳥の要素を持つ伝説の魔獣「鵺」をベースに、古代錬金術で「風の力」を極限まで合成強化した魔獣。体表は風の魔力を常に纏い、風の属性攻撃は無効化される。極度の機動力と広域制圧能力を持つ。
アイリスは、逃走中に背負っていた羊皮紙の古文書(マニュアル)を広げた。震える指で、その異形な魔物の姿と魔力の質を確認する。
「これだわ……まさか、本当に」
青ざめた顔で、アイリスは震える声でその魔物の名を呟いた。
「第5層の主、禍風鵺よ。私たちは、逃げ場のないボスフロアに、自ら誘い込まれたのよ!」
鵺の巨体から放たれる圧倒的な魔力の奔流に、ノアたちは逃走を断念する。三人は、洞窟の壁を背に、禍風鵺と対峙せざるを得なくなった。
◇
獣王の猛攻
静寂は、鵺の攻撃によって一瞬で破られた。
禍風鵺は、複合された巨大な翼と尾を振り上げ、ノアたちに向けて巨大な「風の刃(ウィンドカッター)」を放った。その刃は、岩壁さえも容易く切り裂くほどの威力を秘めている。
「防いで! ノア、リオン!」
アイリスは、残っていた最後の土属性の粉砕薬(アース・クラッシュ)を投擲するが、禍風鵺の纏う強大な風のオーラに触れるやいなや、薬液は土の結晶に変わる間もなく、風圧で霧散し、全く効果がない
「くっ!」
ノアとリオンは連携し、満身創痍の体に鞭打って風の刃を防ごうとする。ノアは剣に風のエンチャントを施すが、鵺が纏う風のオーラにより、ノアの風属性攻撃は完全に無効化され、剣は弾かれる。
ガキン!
ノアの剣は折られかけ、その反動で体勢を崩す。
隣では、リオンが爪を地面に深く突き刺し、風の刃の直撃を防ごうとするが、その強靭な体幹さえも風の力に耐えきれず、呻き声を上げる。
「ぐっ、この風、重いにゃ!」
リオンも脇腹をかばいながら後退し、軽傷を負った。二人の連携は鵺の最初の攻撃によって、あっけなく破綻した。
「ノア!」
風の刃が再びノアを狙う。絶体絶命の危機。
アイリスは反射的に錬金道具を組み合わせ、簡易防御結界(ディフェンス・フィールド)を展開するが、鵺の風の魔力が生み出す「超重圧」によって、術式の光が瞬時に歪み、崩壊しかけた。もはや、人間の力では抵抗できない。
その瞬間、ノアの意識の奥底から、「風の精霊」の声が強く響いた。
『自然の風では勝てないよ。力を、封印を……解き放って!』
ノアの体から、制御不能なほどの緑色の風の魔力が噴き出した。それはゴーレム戦で発した力よりもさらに濃密で、ノアの理性を焼き尽くさんばかりの熱量を伴っていた。周囲に渦巻く鵺の重い風の魔力を打ち消し、鵺の攻撃を相殺する。
(なんだ……この、凄まじい力……は……)
ノアは、その膨大な力に意識を奪われそうになりながら、かろうじて剣を握りしめた。
◇
賢者の記憶
「嘘……あの力……は……」
ノアの緑色の光と、彼に響くあの日のリアムと同じ「精霊」の声を聞いたアイリスは、激しく動揺した。
ノアの纏う光が、アイリスの脳裏に封印していた過去の光景をフラッシュバックさせた。
それは、錬金術師の都市だった旧アムリタの滅びの記憶。
― 黄金色の光が溢れる錬金術都市アムリタの研究室。
― 闇に染まりゆく幼馴染のリアムの瞳の奥に、アイリスはかすかな光を見つける。
『アイリス……』
― 「まだ、リアムの心が……!」と、当時のアイリスは絶望の中で希望を見出そうとした。
だが、その光は瞬時に闇に覆われた。リアムの精霊の力が、術式の代償として現れた「死の精霊タナトスの歪んだ闇」に一気に覆い尽くされる。緑色の光は瞬時に禍々しい闇に変わり、リアムは「カドゥケウスの悪魔」へと変貌した。
「アイリス……ありがとう……僕の……せいで……」
悲痛なリアムの謝罪と共に、強大な闇の波動が都市全体を飲み込み、アムリタの街が地中深く沈んでいく、崩壊の瞬間。
― アイリスの胸に抱かれたリンゴパイが光を放ち、「霊薬エリクサー」へと変わっていく。そして、リアムの身体は、アイリスの愛を代償に、「カドゥケウスの杖」へと姿を変え、彼の温かい光が永遠に固定(フィクサー)される。
消えゆくリアムの最後の声が、現在のアイリスの耳元で響く。
『アイリス……愛してる……ずっと……』
◇
賢者の決断
現実に引き戻されたアイリスの眼前には、かつてのリアムと同じ、制御不能な精霊の光を纏い、意識を失いかけているノアの姿があった。
あの時、リアムを救うには彼の力を「永遠の眠りの鎖」で杖へと封印(抑制)するしかなかった。その記憶が、アイリスの理性を支配する。
「あたしは、二度と誰かを悪魔にさせない!」
彼女は、ノアの力を信じるという選択肢を、瞬時に拒絶した。ノアが悪魔に転じるのを防ぐため、ただ一つの行動に出る。
「ダメよ、リアムの時と同じ!」
アイリスは狂乱にも似た叫び声を上げ、ノアに駆け寄る。彼女は普段は使わない、精霊の力を抑え込むための強力な簡易術式を、ノアの剣と体に向けて展開した。
それは科学の錬金術師である彼女が、唯一扱う魔術だった。リアムを封印したときに覚えたものだ。
『やめて!』という風の精霊の悲鳴にも似た叫びが響いたが、アイリスの術式はそれを押し潰す。
術式が発動し、ノアの体から噴き出していた緑色の精霊の魔力は、急速に剣の内側に強制的に閉じ込められ、完全に封印状態になる。ノアは急激な力の収束と反動により、その場に崩れ落ち、意識を失った。
ノアの意識がないのを見て、アイリスは安堵と絶望を同時に感じた。ノアが悪魔に転じることは防げた。しかし、同時に禍風鵺を倒す唯一の可能性を、自らの手で完全に潰してしまったのだ。
「アイリス、何を……!? ノアを、どうしたにゃ!」
リオンが、ノアの体力が尽きただけでなく、アイリスの行動により力を封じられたことを察知し、強い怒りと動揺を露わにした。
禍風鵺は、ノアのエーテル暴走が収まったのを見て、勝利を確信したかのように再び巨大な風の魔力を全身に集中させ始めた。今度はノアたちを完全に仕留めるための、洞窟を吹き飛ばすほどの超巨大な攻撃を準備し始める。
満身創痍のリオンは、ノアをかばうように前に立つのが精一杯だ。ノアは意識を失い、その剣は光を失っている。
絶望的な状況下で、アイリスは顔を覆い、心の中で呟いた。
「あたしは、何をしたんだろう。……もう、終わりかも」
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