第49話『カッピー、はじめての“診察”』

第49話『カッピー、はじめての“診察”』


 ある日の午後。

 信吾がリビングでテレビをつけていると、カッピーが桶の中でぐったりと身を沈めていた。


「……なぁ、美沙さん。カッピー、さっきからなんか変じゃないか?」

 信吾が心配して、声をかける。

「うん……さっきからあんまり食べてないし……。元気ないよね。」

 美沙が心配そうにカッピーのほっぺをつつく。


 カッピーは弱々しく「……クゥ」と鳴き、信吾の胸に不安が広がった。


「何か苦しそう。病気かもしれないし、父さんのところ、行こうか。」

 信吾が言う

「うん!」

 美沙がうなずいた。


 そうして二人は急いでカッピーを濡れたタオルごと包み、茂夫の動物病院へと向かった。



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山之内 茂夫しげお


信吾と美沙の父。町の動物病院の院長。


無口で寡黙な職人気質。だが動物にはめちゃくちゃ優しい。


少年時代にカッパに助けられたことがあり、カッピーにも特別な想いがある。


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 病院につくと、茂夫はちょうど診察を終えたところだった。

 信吾が駆け寄る。


「父さん! カッピー、なんか調子悪くて……!」

「ほう……どれ、見せてみろ。」

 茂夫はカッピーを受け取り、診察台の上にそっと寝かせる。

 懐中電灯で目の状態を見たり、背中を軽く触ったり、聴診器を当てたり──。


「カッパの診察は、俺の長い獣医人生でも初めてだな。」

 そうつぶやきながらも、手つきは驚くほど優しい。


(やっぱり父さん、動物にはめちゃくちゃ優しいなぁ……)

 信吾は安堵する。


 しかし、カッピーは弱々しく「クゥ……」と鳴いた。


「父さん、どう? どこか悪いの?」

 美沙が心配でたまらない様子で身を乗り出す。


 茂夫は、ひと通り診察すると腕を組んで言った。

「……結論から言うと、何の病気でもない。」

「えっ?」

信吾が目を丸くする。

「じゃあ、なんで元気ないの?」

美沙も焦った声を出す。


「原因は──食べ過ぎだな。」


「えっ?」

 信吾が素っ頓狂な声をあげる。

「でも、私たち朝とおやつしかご飯あげてないよ?」

 美沙が首をかしげる。


「まぁ、俺にはよく分からないが……お前ら、どこか出かけてなかったか? その時に他の誰かがあげたとか」

 茂夫が言う。


「うーん……確かにぼくと美沙さんで少し買い物に行ってて、その間屋上のプールでカッピーを遊ばせてたけど……あっ」

 信吾と美沙の脳裏に、あるオーナー兼管理人の顔が浮かんだ。


「そういえばカッピーを迎えに行った時、赤荻さんとすれ違った気がする」

 信吾が言う。


「まぁ、そんなとこだろうな。」

 茂夫は少し呆れたようにため息をついた。


 美沙は胸をなでおろし、信吾もどっと肩の力が抜けた。


「まぁ今回は良かったが、少し水分不足になりかけてたから、今日はよく水分を取らせて、水浴びさせろ。」

 茂夫はカッピーの頭をそっと撫でる。


「お前、無理して食べなくていいんだぞ。」

信吾はカッピーに優しく言う。


「クゥ!」

 まるで“無理して食べてないぞ!”と言いたげに、カッピーが抗議するように鳴いた。


 そして、その瞬間、カッピーはまるで安心したように、茂夫の手に頬を寄せた。


「父さん……カッピー、さっきより顔色いいね。」

 信吾が小声で言う。


「まぁ消化してきたんだろうな。それに動物はな、不安が一番よくないんだ。飼い主が心配すると、余計に不安になる。」

 茂夫は穏やかに言った。


「……ごめん、カッピー。ちょっと大げさに心配しすぎたね。」

 美沙が申し訳なさそうに言う。


「クゥ!」

 元気よく鳴いたカッピーに、三人は思わず笑ってしまった。


---


 帰り道。

 カッピーは信吾の膝の上でご機嫌に手足をぱたぱた動かしていた。


「ねぇ信吾。」

 美沙がぽつりと言う。


「ん?」

 信吾が顔を向ける。


「カッピー……病気じゃなくてよかったね。」

 美沙はほっとした表情でつぶやく。


「ほんとにな。」


 カッピーが「クゥ〜」と鳴いて二人を見上げる。


「今日のカッピー、甘えん坊じゃない?」

 美沙が笑う。


「……だな。」

 信吾も笑った。


 その声を聞いたカッピーは、胸を張るように「クゥ!」と鳴いた。


 ──どうやら今日の診察は、

 カッピーが“さらに家族に甘える権利”を手に入れる結果になったらしい。


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