第19話『いさむんって何者?』

第19話『いさむんって何者?』


 穏やかな冬の日差しが、カーテンの隙間から差し込んでいた。

 十二月の空気はひんやりしているのに、部屋の中は不思議と温かい。

 湯気を上げる加湿器の音が、静かなリビングに心地よく響いている。


 その日――いさむんが、久しぶりに信吾たちの部屋を訪れた。



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伊東 勇(いとう いさむ)

カッパに詳しい人。第5話で桜小路さんの紹介で出会う。

親しみやすい人物で、初対面から距離を感じさせない柔らかい人柄。

自分のことを“いさむん”と呼んで欲しいという少し変わった一面もある。

カッピーの飼育や生態について、専門的な知識を分かりやすく伝えてくれる頼れる存在で、ユーモアもあり場を和ませる。



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「お久しぶりです。わざわざ来ていただいてありがとうございます」

 信吾が笑顔で頭を下げる。


「いえいえ、私も皆さんに会いたかったんですよ。特に――カッピーにね」

 いさむんはいつものように穏やかに笑い、マフラーを外した。


 リビングの隅では、カッピーが桶の中で気持ち良さそうに寝ていた。

 ぬるま湯にぷかりと浮かび、時折、鼻から小さな泡を出しては「クルゥ」と寝言を漏らしている。


「おっ、カッピー。元気そうじゃないか」

 その声に反応して、カッピーがぱちりと目を開けた。

 顔を上げると、手足をぱたぱたと揺らして返事をする。

「クゥッ!」


 いさむんの顔を覚えていたらしく、桶のふちに手をかけて、嬉しそうに小さな手を振った。


「最近のカッピーの様子はどうですか?」

 いさむんが笑顔で聞く。

「最近はよく食べて、よく寝て、よく遊びますよ」

 信吾が笑いながら言うと、いさむんは満足そうに頷いた。

「それは何より。環境にも慣れてきた証拠ですね」


 カッピーは机の上のみかんをつんつんと触り、皮をむこうとして失敗している。

 その様子を見て、いさむんもつい吹き出した。

「器用なんだか不器用なんだか……かわいいですねぇ」


 しばらく穏やかな時間が流れた後、いさむんが少し真面目な表情になった。


「それでですが、私なりにカッピーことについて調べてみました」

 信吾が身を乗り出す。

「それで……何か分かりました?」

 いさむんは少し眉を寄せ、苦笑しながら答えた。

「うーん。そうですね。結論をいえばあまり進展はありませんでした。すいません」


「謝ることなんてないですよ。まだ時間はありますし」

 信吾は穏やかに言って、湯飲みを差し出した。

 少しの沈黙の後、信吾がふと口を開く。


「そういえば、いさむんって……何をしている人なんですか?」


 いさむんは湯飲みを手に取り、少しだけ口元を緩める。

「え? あぁ、そういえばちゃんと話していませんでしたね」


 軽く笑ってから、姿勢を正した。


「私は――生物学者なんです。大学で教授もしています」


 信吾と美沙は同時に「えっ!?」と声を上げた。

「びっくりしました……そんなすごい人だったなんて」

 信吾が呟くと、美沙がスマホを取り出した。


「あっ、本当だ。スマホで検索したらちゃんと名前出てくる」

「そういえばそうか。桜小路さんが、よく分からない人を紹介するわけないよね」

 信吾が納得したように言うと、美沙が小さく笑って付け加えた。

「ちょっと性格は癖あるけどね」


「親しみやすさと言ってください」

 いさむんが照れくさそうに笑う。

 その言葉に、カッピーが「クゥ」と鳴いて、桶の水を軽く跳ね上げた。


「おっと、ありがとうカッピー。君もそう思うかい?」

 いさむんがカッピーに手を振ると、カッピーも真似するように小さな手をパタパタさせた。

 まるでカッピーだけに通じる挨拶のようだった。


「……ほんとに仲いいですね、いさむんと」

 信吾が微笑む。


「やっぱり変わってる人って、こういう生き物とはすぐ仲良くなるよね」

 美沙が小声でつぶやくと、いさむんがすかさず反応する。


「変わってるのではなく、親しみやすさです」

 その言葉に、美沙と信吾が思わず吹き出し、部屋に笑い声が広がった。


「では、私はそろそろ。また、何か分かりましたらお伺いします。」

 いさむんは穏やかに言って、ゆっくりと立ち上がった。

「はい。ありがとうございます。それに何も無くても是非来てください。」

 信吾がそう言って見送る。


 玄関まで出ると、外の風がほのかに冷たかった。

 いさむんはマフラーを巻き直しながら、ふっと笑った。

「いやぁ、やっぱり来て良かった。――また、あの子に会いたくなりますね」


 そう言って手を振り、白い息を残して帰っていった。


 部屋の中では、カッピーが桶の中で、いさむんの真似をするように小さな手を振っているように思えた。

 その姿を見ながら、信吾と美沙は微笑んだ。


 ――いさむんという人は、やっぱり不思議だ。

 でも、その不思議さが、どうしようもなく温かい。


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