第13話 『兄弟みたいな二人』

第13話 『兄弟みたいな二人』


 昼下がりの光が、カーテン越しに柔らかく部屋へ差し込んでいた。

 部屋のカッピー用のスペース。カッピー用に買ったちゃぶ台の上には、折り紙と空き箱、そしてペットボトルのキャップが散らばっている。


 カッピーと正人は並んで座り、折り紙を折っていた。

 正人が一生懸命に指を動かして、青い紙を折りたたむ。

「見て、カッピー! 僕、鶴が折れるようになったんだよ」

 誇らしげに言って、正人は完成した折り鶴をカッピーに差し出した。


 カッピーは嬉しそうに「クゥ」と鳴いて受け取る。

 だがその瞬間、カッピーの手の水分で鶴の紙がしっとりと濡れ、みるみるうちにクシャクシャになってしまった。

「あっ、僕の鶴が……」

 正人が残念そうに肩を落とす。


 その様子をリビングで見ていた信吾が、笑いながら言った。

「ちょっと折り紙はカッピーには難しいんじゃないか。食べちゃってもまずいし」

「……そうだね」

 正人は少し考えてから笑い、カッピーの頭をそっと撫でた。

 カッピーは気にする様子もなく、濡れた鶴をじっと見つめて「クゥ〜」と鳴く。

 小さな声と笑い声が混ざり合い、部屋の空気がいっそう明るくなる。

 それを見て、信吾も思わず笑ってしまった。


 折り紙が失敗した正人は、すぐに気持ちを切り替えた。

 箸に糸を結び、ペットボトルのキャップを魚に見立てて、即席の“室内釣り大会”を始めた。

 カッピーはちゃぶ台の上をぴょんぴょん飛び跳ねながら、頭のお皿をぷるぷる揺らしている。


「カッピー! ちゃぶ台の上に乗ったら危ないよ!」

 信吾が心配そうに声を上げる。


 そう言いながら、勢いあまって正人の釣り糸に引っかかり、ちゃぶ台の下に置いてあった桶を勢いよく倒してしまった。

 派手に広がる水しぶき。


「あっ……!」

 信吾は慌てて立ち上がった。

「わーっ! カッピー、雨ふった!」

 正人が驚き、信吾が慌ててタオルで床を拭いた。


 カッピーは床を拭く信吾を見て「クゥ?」と鳴く。

 まるで「自分のせい?」と聞いているようだった。

「だから言ったのに……でもカッピーが怪我してないなら良かったけど!」

 信吾はそう言って、苦笑いを浮かべた。


信吾は心の中で思った。

(正人くんがカッピーを初めて見たとき、正直どうなるのかと思ったけど――正人くんがいてくれることで、カッピーも楽しそうにしている。結果的に、出会えてよかったのかもしれない。)


 二人はまるで最初から友達だったみたいに、自然に笑い合っていた。


 そんなときだった。

 インターフォンが鳴った。


 信吾がドアを開けると、

「こんにちは。お邪魔します」

 落ち着いた声とともに顔を出したのは、正人の母・雅だった。

 紙袋を下げて、穏やかな笑みを浮かべている。


「雅さん。こちらへどうぞ」

「信吾さん、正人をありがとうございます。ちょっとおすそ分け持ってきました」

 袋の中には、焼き立てのクッキーが並んでいた。


「わーい! お母さんのクッキー!」

 正人が目を輝かせて駆け寄る。

「もう、正人ったら。信吾さんに迷惑かけなかった?」


「カッピーと釣りした!」

 元気に答える正人。


「釣り?」

 雅が不思議そうに笑い、ちゃぶ台の下に広がるタオルと濡れた床を見て、ふっと肩を揺らした。

 雅は少し申し訳なさそうに微笑んだ。

「いろいろ信吾さんにご迷惑かけてすいません うちの子、調子に乗ると止まらなくて……」


「いや、気にしないでください。正人くんのせいじゃないですし。」

 信吾がそう言って笑い、正人の髪をくしゃっと撫でながら言った。


「ほんとに仲良しで。なんだか、親友みたいなんです」

信吾の声には、どこか嬉しさがにじんでいた。


「親友っていうより、兄弟って感じですけどね」

 雅が笑って言うと、信吾も微笑んだ。


「確かにそうですね。もう二人は、親友っいうより兄弟ですよ」

 信吾が笑いながら言う。


 カッピーはその言葉にぱっと顔を上げ、正人の肩に手を置いた。

「クゥッ!」と嬉しそうに鳴く。

「うん、僕がお兄ちゃん! カッピーは弟!」

 二人が顔を見合わせて楽しそうにしている。


 信吾も思わず頬をゆるめた。

 ほんの少し前まで、カッピーは川にひとりぼっちでいた。

 でも今は違う。人間の子どもと同じ目線で笑い合っている。

 その姿を見ていると、胸の奥にじんわりとした温もりが広がった。


 信吾は心の中でつぶやいた。

(正人くんと出会えて、カッピー、本当によかったね)


 雅がクッキーを皿に並べながら言う。

「ねぇ信吾さん、聞いてください。正人が最近すごく明るいんですよ。ちょっと学校のクラスになかなか馴染めない子だったんですけど、カッピーに出会ってから自信がついたみたいで、毎日楽しそうに学校に行くようになったんです」


「それは良かったです」

 信吾は穏やかに返す。

「正人くんのおかげで、うちも明るくなりましたから」


 そのとき、カッピーが皿の上のクッキーを見つめていた。

「カッピーはダメよ。カッピー用にはキュウリ用意してるから」

 雅が慌てて言うと、用意していたキュウリを出す。

 カッピーは「クゥ〜!」と嬉しそうに両手を伸ばして受け取り、かぷっとかじった。


「カッピー、ほんとキュウリ好きだなぁ!」

 正人が笑うと、カッピーは頭のお皿を軽く押さえた。

 その仕草があまりに得意げで、信吾と雅は声を出して笑った。

 その笑い声が、午後の日差しの中に溶けていく。


 外では川のせせらぎが、静かに流れていた。

 風に揺れる木々の音、どこかから聞こえる子どもたちの笑い声。

 世界はゆっくりと、優しさに包まれていた。


 ――そして、信吾はそっと心の中でつぶやいた。


(きっとこの瞬間が、カッピーにとっても正人くんにとっても、かけがえのない時間なんだろうな)



---


 不思議な出会いが、ひとつの絆を生んだ。

 人間とカッパ、違う世界の二人が交わした笑顔は、まるで兄弟のように寄り添っている。

 それはきっと、誰かを思いやる心が作り出す“奇跡”なのかもしれない。


 ──冬の陽だまりの中で、小さな友情は、静かに強く輝きはじめていた。


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