第6話

少女が十六歳を迎えた年、都市は新たな不穏さに包まれていた。

 食料不足は深刻さを増し、人工授粉用ナノドローンの故障や暴走事故が頻発した。市場に並ぶ果実は小さく、不格好で、かつての甘味を失っていた。貧困層の不満は高まり、暴動が各地で起き始めていた。

 だが、少女の周囲だけは奇妙な静穏に満ちていた。

 通学路では誰もが彼女を避けて道を譲り、校舎に入れば生徒たちは口論をやめて笑顔を交わす。教師たちは職員会議の議題ですら彼女の意見に倣うようになっていた。

 本人はその影響力に困惑していた。

 「どうして、私の言うことをみんなが聞いてしまうの……?」

 友人にそう漏らすと、返ってきた答えは単純だった。

 「だって、君が言うと正しい気がするんだよ。間違うはずがないって思える」

 ある日、理科室での実験中、偶然の出来事が彼女自身を震撼させた。

 蜂蜜を使った酵素反応の実験で、窓から一匹のミツバチが迷い込んだ。疲弊して飛べずに机に落ちたその蜂は、彼女の手に止まると、震えながらも羽を広げた。そして次の瞬間、まるで恭順するかのように彼女の掌で静止したのだ。

 その光景を見たクラスメイトは息を呑んだ。

 「……まるで、女王に仕えているみたいだ」

 彼女の胸に、説明のつかない熱が走った。

 血流が脈打ち、耳の奥で羽音のような響きが轟く。

 自分の内に何かがある――それは直感というよりも、確信だった。

 その夜、夢を見た。

 無数の蜂が黒い空を覆い、中心で自分が羽根を持ち、光に包まれている夢。群れは一つに繋がり、自分の意識が彼らすべてを導いていた。目覚めたとき、背筋に冷たい汗が滴り落ちていた。

 やがて、彼女の影響力は街の外へ広がっていった。

 SNSに投稿された映像――彼女が一言声をかけただけで乱闘が収束する場面、群衆が自発的に彼女を囲んで整列する場面――が拡散され、瞬く間に全国の注目を集めた。

 メディアは「奇跡の少女」「平和を呼ぶ声」と称え、宗教団体は「新たな救世主」と喧伝した。

 だが、一部の研究者は恐怖を覚えていた。

 「彼女は蜂の女王の遺伝子を帯びているのではないか」

 「人間社会そのものを、蜂の群れに似た形へと変貌させる可能性がある」

 その懸念は、やがて現実となっていく。

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