第5話
少女は成長するにつれ、自らの「特異性」を意識し始めた。
中学校に入学すると、部活動や委員会といったあらゆる集団で彼女は中心に据えられた。本人が望むと望まざるとに関わらず、仲間たちは自然と彼女に決定を委ね、彼女の一言が空気を変える。
教師ですら、注意や指導の場面で彼女の言葉を優先し、無意識に従ってしまうことがあった。
その影響は、街の外へも広がった。
地元の青年団は彼女を「象徴」として迎え、祭りや地域行事を彼女中心に組み立てるようになった。町内会の老人たちは「久しく見なかったまとまりが戻った」と喜んだ。だがそれは、従来の民主的合意形成ではなく、一人の少女を軸にした絶対的な結束であった。
科学者たちは、やがてこの「不可解な現象」に気づきはじめる。
心理学者は「カリスマ的パーソナリティ」と仮説を立て、生理学者は「フェロモン異常説」を唱えた。だが検査結果はどれも断片的で、説明を尽くせなかった。少女が放つ不可視の影響は、科学の測定機器をすり抜けるかのようだった。
ある日、国立研究所の職員が匿名で残した記録がある。
――「彼女と対面した瞬間、私は研究者であることを忘れた。ただ、ひれ伏したい衝動に駆られた。理性を総動員して耐えたが、全身の毛細血管が熱を帯び、汗が噴き出した。あれは人間の放つ影響ではない」
街は静かに変わっていった。犯罪は減少し、暴力は影を潜め、秩序が満ちた。だがそれは健全な統治ではなかった。人々は「考える」ことをやめ、「従う」ことに快楽を覚え始めていた。
やがて企業も注目した。
新製品の広告塔に彼女を起用すると、消費者の購買意欲は爆発的に高まった。株価は上昇し、スポンサー契約が殺到した。だが、経営者たちは理解していなかった。売上が伸びた理由は「宣伝効果」ではなく、彼女の存在そのものが人々の意思決定を上書きしていたからである。
こうして、少女を中心とする秩序は都市の隅々に浸透し、既存の社会構造を密かに侵食していった。
家庭の父親は、彼女を「理想の娘」と讃え、母親たちは無意識のうちに「女王」としての彼女を認めるようになった。兄弟姉妹たちは進んで彼女の命令に従った。都市の政治家すら、演説に彼女の名前を借りれば支持率を稼げることを学んだ。
気づけば、彼女の周囲には「巣」とも呼ぶべき共同体が形成されていた。
そこでは個人の意思よりも群れの和が重んじられ、一人の女王を頂点とする明確なヒエラルキーが育っていた。
人類はまだ気づいていない。
静かに進む侵食は、単なる社会現象ではなかった。
それは、蜂がかつて地球で築いた「群れの論理」が、人間の中に芽吹き直す兆候だったのだ。
こうして、少女――後に「女王」と呼ばれる存在が中心となる新しい秩序の胎動は、誰にも止められない速度で進行していた。
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