第6話 推活のトライアングル
昼休みの教室に響いた俺の叫びは、まるで時限爆弾だった。
田中光一は、俺の、そして美月の本気の熱量に完全に気圧されていた。彼はサッカーではエースだが、「オタクの魂」という異世界のルールには不慣れだったのだ。
「…ち、違う。俺は、別に趣味を馬鹿にしたわけじゃなくて…」田中はしどろもどろだ。
美月は勝ち誇ったように笑い、俺の肩をポンと叩いた。
「ほらね、篠宮くん!推しへの愛は、どんな理屈にも勝るの!」
田中は悔しそうに美月を見たが、次に俺を見た。そして、何かを決意したように、俺の机に両手を置いた。
「おい、篠宮」
「…なんだ」
「お前の言ってる『推し活』ってのが、そこまでスゴイもんなのか、正直よくわからねぇ。だが、相沢を本気にさせたのはわかった」
田中はまっすぐ俺を見てきた。
「俺は、相沢のことが好きだ。だから、相沢が本気で熱中してるってんなら、それを無視できねぇ。…教えてくれよ、お前らの『推し』ってやつを」
その瞬間、俺と美月は顔を見合わせた。
陽キャのカースト頂点にいる男が、俺たちの『推し活』に興味を持った?これは、俺の日常に再び巨大な変化をもたらす予感がした。
美月はキラキラした瞳で田中を見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「わかった!田中くん、私たちがノエルちゃんの素晴らしさを教えてあげる!篠宮くん、私たちの『推し活パートナー』、今日から三人体制で!」
こうして、俺の完璧な「ぼっち生活」は、クラスの陽キャエースまで巻き込み、推し活のトライアングルへと発展してしまったのだ。
その後の一週間は、地獄だった。
放課後の教室で、俺と美月は田中を囲み、ノエルちゃんの魅力プレゼンテーションを敢行した。
「田中くん、まずこれを見てくれ!ノエルちゃんデビュー当時の『挨拶動画』。この初々しさ!美月、この時のノエルちゃんの立ち絵のこだわりを説明して!」
「はい!当時のノエルちゃんは、目の下の『泣きぼくろ』をチャームポイントにしててね…!」
田中は、普段はサッカーボールしか見ていない目線で、Vtuberの配信画面と、熱弁する美月を交互に見つめている。
「う、うるせぇな!なんだよ、泣きぼくろって!つーか、ウィッグとかコスプレとか…」
「馬鹿にしないで!」
美月がキッと睨むと、田中はすぐに黙り込む。美月の推しへの愛は、田中の陽キャのプライドをも凌駕する力を持っていた。
そして週末。
美月は、俺と田中に、ノエルちゃんの『同時視聴配信』をすることを提案してきた。
「田中くん。ノエルちゃんの『ガチ恋勢』がどれだけいるか、その目で確かめる必要がある。篠宮くんはコメント欄の動向、田中くんはスパチャ(投げ銭)の金額をリアルタイムで分析!さあ、行くよ、推し活!」
こうして、俺の部屋に、クラスの陽キャエースとクラスの陽キャ美少女が揃うという、人生で最も非日常的な状況が生まれたのだった。
そして、配信開始。ノエルちゃんが「みんな、こんノエ~ル!」と挨拶すると、コメント欄は瞬時に「おかえりなさい!」の嵐。スパチャの金額は、わずか5分でに俺のバイト代一年分に迫る勢いだ。
俺の隣で、田中は口をあんぐり開けていた。
「な、なんだこれ…これが、お前らの言う推し活…なのか…?」
その時、美月が俺の腕を掴んだ。
「篠宮くん、田中くんの反応なんて見てる場合じゃない!ノエルちゃんが『最近のお気に入りの曲』を聴きたいって!早く、ノエルちゃんにメッセージ付きのスパチャを送るんだ!」
美月は興奮で、俺の腕を強く握りしめていた。その体温と切迫した声が、俺の心臓を激しく揺さぶる。
推し活という名の熱狂の中で、俺と美月の距離は、クラスの誰もが知らないスピードで、縮まり始めていた。
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