第7話 推活の境界線

配信終了後、田中はすっかりノエルちゃん経済力に魅了されていた。彼は興奮した様子で、美月とスパチャの金額について熱く語り合っている。

「すげえな、あの金額!マジでスポーツ選手並みじゃねーか!俺もなんかノエルちゃんに送ってみてぇけど、どんなメッセージがいいんだ!?」

田中が熱弁を振るう中、美月は突然、俺の持っているノエルちゃんの限定キーホルダーに手を伸ばした。

「あ、篠宮くん、これ」

「ん?」

俺がキーホルダーを渡そうとすると、美月はキーホルダーの金具ではなく、俺の指先にそっと触れた。

「…このキーホルダー、ノエルちゃんの衣装のフリルの模様がすごく細かいんだよね。前にイベントで買ったとき、この細かさに感動してさ」

美月は、田中ではなく、俺の目だけを見て話していた。彼女の指先が、ほんの少しだけ俺の指に触れ続ける。その体温と、俺にだけ向けられた真剣な視線に、俺の心臓は激しく波打った。

田中が美月の話に入り込もうとする。

「相沢、それより、さっきのノエルちゃんのゲーム実況の話をしねえか?あの絶叫、最高だったろ!」

美月はハッと我に返ったように田中の方を向いた。

「ああ、もちろん最高だったよ、田中くん!ノエルちゃんのああいう人間味あふれるところがいいよね!」

美月はすぐにいつもの「陽キャの笑顔」に戻り、田中との会話を再開した。しかし、俺の指先に残る微かな熱と、一瞬見せた特別な表情が、頭から離れない。

「あ、!もうこんな時間じゃねぇか、俺はもう帰るし相沢も送っていくし一緒に帰ろうぜ」

気がつくと時計は6時になっていた。

「いや、私はまだもう少し話したいから大丈夫!」

「わかった、じゃあ気をつけて帰れよ!また明日な!」

田中が帰った後、俺は少し近づいて美月に尋ねた。

「なあ、美月。」

美月はドキリとしたように肩を揺らした。そして、顔を赤くしながら、視線を泳がせた。

「な、なに?」

息を吹けば頬に当たりそうな距離、そこにあるのは月明かりをすくったような透き通る肌だった。

「田中と帰り道同じだろ?何で一緒に帰らなかったんだ?」

「えっと、それは、、」

俺の問いに、美月は答えられなかった。

美月は、自分のカバンを持ち上げながら、早口で言った。

「あ、用事思い出した!私、帰るね!また、ノエルちゃんのことで連絡するから!じゃあね!」

そう言って部屋を出ようとする美月の背中に、俺は意を決して声をかけた。

「美月。お前は、俺を推し活パートナーと呼んでいるけど…」

美月が、扉を開けたまま立ち止まる。

「本当に、ただのパートナーなのか?」

その質問は、俺が考えていた最も核心に触れる疑問だった。

美月は一瞬、全てを忘れたように静止した。そして、振り向かずに、囁くような声で答えた。

「…ばか。なんで聞いちゃうのよ」

そう言って、美月は逃げるように部屋を出て行った。

彼女は質問には答えなかったが、「なんで聞いちゃうのよ」という言葉は、俺との関係がすでに「推し」の領域を超えていることを、明確に示唆していた。俺の『孤独の城壁』は、クラス一の陽キャ美少女の『本音の一歩手前』によって、完全に揺さぶられていた。

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