第5話 陽キャのエース、推し活に参戦!?
昼休み。
美月は、俺の机の上で弁当箱の蓋をパカッと開けた。今日はノエルちゃんの顔を模したキャラ弁だ。さすがガチ勢。俺はいつも通りのシンプルな飯を広げる。
「ねぇ、篠宮くん。ノエルちゃんのこのオムレツの目のキラキラ感、どう?ちょっとデフォルメしすぎたかな?」
「いや、特徴捉えててすごいと思う。」
その瞬間、俺たちの机の横に影が落ちた。
「おい、相沢」
立っていたのは、サッカー部のエースで、クラスの陽キャカーストの頂点に君臨する男、田中光一だ。その鋭い目線は、俺にではなく、美月の隣にいる俺に突き刺さっている。
「田中くん、どうしたの?もしかして、ノエルちゃんの限定グッズ情報?それなら篠宮くんより私の方が詳しいよ!」美月は全く動じず、満面の笑みでキャラ弁を差し出した。
田中は美月の勢いに一瞬ひるんだが、すぐに真剣な表情に戻り、美月に話しかけた。
「なんでお前が、いつも一人でいる『篠宮』なんかと昼飯食ってんだよ?そんな奴より俺たちと飯食おうぜ」
俺は静かに箸を止めた。これがカーストの原理だ。陽キャがぼっちと関わることは、彼らの世界にとっての『異物混入』なのだろう。
だが、美月は田中をまっすぐ見て、首を傾げた。
「え?だって、篠宮くんは私の『推し活パートナー』だよ?最高の推し活をするのに、いつも1人なんて関係ないでしょ?」
美月は、『推し活』という言葉を、まるで絶対的な正義のように使った。
田中は混乱したように眉をひそめた。
「推し活…?なんだそれ。そんなの、しょうもない趣味だろ。それより、今度、皆でカラオケ…」
「しょうもない趣味なんかじゃない!」
美月が急に声を荒げた。教室中の視線が、再び俺たちに集中する。俺は思わず、持っていたお茶を噴き出しそうになった。
美月は立ち上がり、田中を指さした。
「田中くんは知らないかもしれないけど、『推し』っていうのは、私たちの生きる糧で、魂の叫びなの!それを『しょうもない趣味』なんて言われたら、推し活パートナーとして、許せない!」
美月は怒っていた。推しを侮辱されたことに対する、ガチの怒りだ。そして、その矛先は、なぜか俺にも向いた。
「篠宮くん!田中くんに、推し活の尊さを分からせてあげて!」
「え、俺…?」
美月は俺に『推しを語る』という、ぼっちの人間が最も苦手とする人前でのスピーチを要求してきた。
俺は深呼吸した。ここで黙って美月の熱量に水を差せば、彼女の推しへの愛を裏切ることになる。俺の、数少ない心の拠り所を守るためだ。
「…田中」
俺は、静かにゆっくりと声を出した。田中も美月も、そしてクラスメイト全員が息を飲む。
「推し活は、俺たちの世界を構成する法則だ。お前たちがサッカーに熱狂するのと同じくらい、いや、それ以上に、俺たちは推しの輝きに、人生の全てを懸けてる。だから、美月さんの言う通りだ。推し活を侮辱するな」
俺の言葉は、普段の俺からは想像できない熱を帯びていた。それは、美月が俺の「ぼっちの殻」を破ってくれたからこそ、出てきた真実の叫びだった。
田中は、予想外の俺の反論と、美月の本気の怒りに、何も言い返せずに立ち尽くしている。
こうして、俺の完璧な「ぼっち生活」は、クラス一の陽キャを相手取った、『推し活を巡る論争』という新たなステージへと突入したのだった。
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