第07話 ままならない@休憩タイム
「親父! 何しに来たんだよ!」
ガラクタの雪崩から現れた巨人を見て、まりかは息をのんだ。まさかと思ったが、よく見ればそれは人が内部に乗り込むタイプのロボットスーツ。外装は傷だらけで、関節部のアクチュエータが低い唸りを上げていた。
――人間の数十倍の力を発揮できる、旧式の戦闘用スーツだ。
「何だじゃない! 彼女とイチャつくのは勝手だが、俺たちがどんな立場か忘れたのか! どれだけそのお嬢ちゃんが信号を出しまくってるかわからないのか!」
まりかは反射的に身を引き、ハンペンとロボットスーツの巨体を交互に見つめた。深海の青白い光がスーツの装甲を照らし出し、その肩には――“海賊団の紋章”が刻まれていた。
《キャピラリー》
「このロボットスーツの中はスキャンできないっち。肩の紋章から判断すると、10年前に突如消えたALE恒星をねぐらにしていた――レアアベニュー海賊団っち」
「……え、ちょっと待って」
まりかは思わず小声を漏らした。
「目の前にいる人が、あの有名な海賊なの?」
《キャピラリー》
「たぶん、その一味の生き残りっち」
「すごい……本物が生きてるなんて」
まりかの瞳がきらめいていた。“本物”の伝説を前にして、胸がざわめいた。
「俺たちが隠れ潜っていた少しの時間で、そんな小さなAIが……地球サーバに繋がっていなくても俺たちの情報を持っているのか」
「もう1年は会っていないのに、そんなことどうでもいいだろ」
「お前もそんな口をきくようになったのか……それを聞いたルナサかあさんが喜んでいるだろうな。お前も“海賊っぽい”ってな」
「おふくろのこともどうでもいい! すぐ出ていくから、ほっといてくれよ!」
ロボットスーツの目が、まるで二人を睨みつけているようだった。その瞬間、親父の声が変わった。穏やかだった声色が、海賊という無頼の響きに変わっていく。
「てめぇら、海賊の鉄則がわかってねぇようだな! 情報を持って逃げた手下を、俺たちがこれまで何人、船ごとバラしたと思ってる? 息子だろうが関係ねぇぞ――それが俺たちの掟だ」
《シーチェ》
「まりかたん、心拍数上昇中たん!」
《キャピラリー》
「まりかっち! 防衛体制に入るっち!」
《クラポティス》
「量子ビームは300秒に一回しか撃てねぇからな、気をつけるんだぜ!」
「もう、わかってるわよ!」
まりかにとって“海賊”という存在は、ずっと遠い過去の話だった。
データの中にしかいない、滅びた時代の亡霊のようなもの。
それに、今や人類の中心は地球ではなく宇宙――
こんな辺境のしかも太平洋の深海で出会うなんて、夢にも思わなかった。
「親父! そんなスーツ着てないで、“裸”でこいよ!」
そう言い放ったハンペンだが、手では無意識に何か武器になりそうなものを探っていた。
時間を稼げたとしても、どうすればいいのか――いい考えは浮かばない。
父親が本気で手を出すとは思っていない。
けれど、監禁くらいは平気でするだろうし、まりかを巻き込むわけにはいかなかった。
「クッ、クッ、クッ……」
突然、ロボットスーツの中から笑い声が響いた。
キュゥルルル……カシャン、プシュー。
油圧の抜ける音とともに、スーツの上半身が折りたたまれるように沈み、
その中から――ハンペンの父親が現れた。
「どうもお嬢さん。私はサンザと言います。ちょっといろいろありまして、こんなところで隠れているしがない海賊です。――地上では、何か起きているのですな?」
「親父……なんだよ、その言い方。気持ち悪いっての」
「何言ってんだお前は! 客への接し方くらい教えただろうが!」
「そ、そんなことより……どういうことなんだよ? 助けてくれるのか?」
「まっ、こんなこともあろうかと思ってな。準備はしてあるさ。ただ、久々に忙しくなりそうだからな。これをやるからお前が助けてやれ」
「くれるって……そのロボットスーツをか?
つまり、水圧に耐えられるってことか? それが――?」
《クラポティス》
「そのロボットスーツは、先ほどまで量子密閉シールドで守られていましたが、いまはスキャン可能であります!」
《キャピラリー》
「これは――全惑星探査型スーツ《オンリーワン》っち! 地球型惑星なら、どこでも運用可能っち!」
「ハンペンさんのお父様は、とんでもない物を持ってるのね。しかも軍用の反物質燃料って、地球への持ち込みは禁止されてるはずなのに……すごい!」
まりかはAIたちが送ってくるデータを指先で読み取りながら、胸の奥がざわめくのを感じていた。知識だけしか知らない技術と、伝説の匂いに――ただワクワクしていた。
「え? あ、このガラクタが?」
ハンペンは、子どもの頃に遊んでいたあのガラクタが、実は希少なものだったことに驚いた。
「操作は小さい頃から教えてあるだろう。リミッターは切ってある。こいつでお嬢さんの家を引っ張って、空いてるデッキに縛りつけとけ。この船を出すぞ!」
「えっ、それじゃ……まりかお嬢さん、こっちに来るんだ」
まりかは思わず足を止めた。なんだか、自分が海賊に攫われているみたい――そう思うと、少しだけ口元が緩んだ。
(外にはこんな体験があるのね……たまにはいいかも)
「ハンペンさん、ありがとう!」
「いや、大したことはしてないよ。君の大事な家を引き上げてくるから、待ってて」
ハンペンはロボットスーツに乗り込むと、各パーツが次々と気密ロックされていった。最後にヘルメットをかぶり、何も言わず――深海へ出るためのエアロックへと消えていった。
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