第06話 ままならない@深海の影

《キャピラリー》

「まりかっち『アクシオメ・オルピス』は、

 2600メートル下の岩棚で一時的に停止してるっち、でもいつ崩れるかわからないっち。他のシステムも不明っち」


《シーチェ》

「まりかたん、ストレス値が高くて涙が出てきてるたん。5ミリリットルは出しておくたん」


「そんなに泣かせるつもりなの?もう出る涙なんてないわよ。それより――どうしたらいいのか、みんなで考えなさい!」


 とは言ったものの、あんなに落ちたら、このスーツじゃ耐えられない。それに、この子たちだけでは限界があるだろうし……。


《クラポティス》

「『アクシオメ・オルピス』への通信ルート形成中であります!」


「ハンペンさん、どうやらまだ迷惑をかけちゃうみたい、ごめんなさい!」


「いや、それはいいよ。僕が変なこと言って引き止めなければよかった……」


 ハンペンは目を伏せ、指先でガラクタをいじりながらため息をついた。


「ねぇハンペンさん。一緒に行こうって言ってくれたけど、一人で地上のどこへ行くつもりだったの?」


「え、ああ……僕は地上じゃなくて、宇宙そらに行きたいんだ。父さんは“もう少し待て”って言うけど、いつも口だけでさ」


「宇宙、ねぇ……。私は地球で十分だけど、ネオ・ヨコハマから飛び立つ船はよく見てた。あの光の軌跡、綺麗よね。」


 ハンペンは顔を上げ、目を丸くした。


「そう! あの船に乗って、星々を駆け巡ってやるんだ。父さんだって、昔は海賊みたいに宇宙を暴れ回ってた。なのに今は……ただじっと待つしかない。なんでだよ!」


《シーチェ》

「まりかたん、心拍数が上昇中だたん」


「あ!ごめん。驚かせたね。僕の家は、みんな海賊なんだ……元だけど」


「ううん、大丈夫よ。でも”元海賊”って聞くと、この部屋にいろんな物がある理由がわかる気がするわ」


 ハンペンは苦笑し、すぐに顔を引き締めた。


「でも、あれ――『アクシオメ・オルピス』だろ?

 どうするんだ? 君一人ならなんとかなるかもしれないけど、

 あれだけの質量は持ち上がらないよ」


「心配しなくても大丈夫。『アクシオメ・オルピス』のコンデンサーには電力を蓄えたから。あとは起動させればいいだけなのよ。……ハンペンさんの家に、あそこまで降りられるスーツってあるかな?」


「僕の家のは全部1km耐圧仕様だ。あそこまでは、さすがに無理だよ。ごめん」


《キャピラリー》

「1km耐圧仕様のスーツで『アクシオメ・オルピス』まで行ける確率は……」


「キャピ! いいわよゼロが五個、0.00001%でしょ! 行かないわよ、もう!」


《キャピラリー》

「0.0000001%っち。だけど、僕たちを計算したルートに落としてくれれば

 、98.8%で『アクシオメ・オルピス』を起動できるっち」


 その確率を聞いても、まりかは表情を変えなかった。むしろ、静かすぎるほど平穏だった。


「そのくらいは、私だってわかってるのよ。それだと、あなたたちが帰ってこられないでしょ。それは、“人間なら自殺”って言うの。やってはならないことよ。あなたたちだって、同じなのよ」


 少し間をおいて、まりかは深く息をついた。やっぱり、この子たちを使うのは早かったかな……


《キャピラリー》

「まりかっち……」


「今度はなあに?」


《キャピラリー》

「およその『アクシオメ・オルピス』損傷率、4.4%っち……だけど、3時間後の予測は99.9%っち。急速に圧壊するっち。1時間以内になんとかしないとダメっち」


《シーチェ》

「さっきからバイタルサインも良くないたん。無理はしちゃダメたん『アクシオメ・オルピス』は、もう一回買えばいいたん」


「もう、“買えば”って……いくらか知ってるの?」


《シーチェ》

「まりかの財産の3割で買えるたん」


「それは家と家財だけじゃない。あなたたちを完成させるためのデータが、あそこにあるんだから、可能性がある限り『アクシオメ・オルピス』を引き上げるわよ」


《シーチェ》

「わかったっち。今から『アクシオメ・オルピス』引き上げを最優先事項に設定したっち」


「ハンペンさん、申し訳ないけど、使えそうな物を探させてもらうわね、あなたたちは、最大域でスキャンして」


 まりかの衛星ドローンがすぅっと浮かび上がり、複数の波長でガラクタを調べ始めた。


 七色のスペクトルが部屋を染め上げ、ガラス片や金属配線が宝石のようにきらめく。光は壁を這い、天井で反射し、部屋全体を鮮やかな光の渦で満たしていった。


「これはダンスホールみたいだね」


 まりかは見慣れた電子デバイスと“ダンス”という言葉が結びつかず、きょとんとした表情を浮かべた。


「ああ、両親が海賊だった頃、銀河の反対側まで行った時に、そこで流行ってたらしいよ。昔のホロムービーを大切に飾ってあるんだ」


「光速外宇宙を旅していたなんて……それじゃあ、ハンペンさんの夢が宇宙そらなのも、当たり前なのかしら。ふふっ、いい夢ね。でも、光速外宇宙までワープできる船って――たしか相当高いんだよね?」


「だから地上に上がったら、このシールドジェネレーターのデータを売って、

 一番安い宇宙船を買おうと思ってるのさ」


「頑張ってね」


 まりかの言葉に、ハンペンが少し照れたように笑いかけた――その時だった。


 部屋の奥で、突然ガラクタの山がガラガラと崩れ落ちた。二人は反射的に身を引く。


 そして、さらに驚いたことに――崩れた残骸の奥から、体躯の大きな男がゆっくりと現れた。

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