第08話 ままならない@ローズ・プロトコル

 データストリームの流れは、まるで濁流のようだった。しかしローズは悠々と泳ぎながら、『テルテルボーズサン』の奥地へと進んでいく。


 しばらくして流れが緩やかになったと感じ、周囲を見渡す。そこには『マモルサン』たち大勢がいる関所があった。大量のデータが押し寄せては検閲され、「×」の印を捺されたものは、来た方向へと弾き返されていた。


「あれ? あのマモルサン……やばいかも? 『マモルサン+』っぽいな~」


 ローズの視線の先にいたのは、ひときわ巨大な『マモルサン+』だった。隠れようと一瞬考えたが、データの流れに逆らうことはできない。気づけば、関所の真ん前にまで押し出されていた。


『マモルサン+』たちは一斉に、ローズを足元から頭のてっぺんまでジロジロと見上げてくる。


 不審者を検知した警備AIの目が、冷たく光った。


「あ、あのっ! 私は全然怪しくないですよー!」


「プラス殿! この方は《イーグル》殿と出ています!」


『マモルサン』の一人が進言した。


「そんなバカなことがあるか!

《イーグル》殿がこんな場所にいるわけない。――10秒の猶予を与える、今すぐ来た道を引き返せ!」


『マモルサン+』はビシッと指を差した。

 その動作には、プログラムとは思えないほどの威圧感があった。


 どうやら、この関所は通常ならすべての扉が開放されているらしい。しかし今は『マモルサン+』がここ以外のルートをすべて閉じ、何かのデータを探している――あるいは、通さないようにしているようだった。


 時間に律儀な『マモルサン+』は、ちょうど十秒が過ぎた瞬間――ローズに向かって蹴りを放った。


 それは0.00001秒の一撃。


 メインデータセンター内だからこそ可能な、光速に近い攻撃だった。


「ちょっとぉ~! 今のキックが当たってたら、私の体の半分、データの海に消えてたわよ!」


 ローズはぷんぷんと腕を組み、勢いよく後ろへバックステップ。『マモルサン+』との距離を取りながら、頬をふくらませて睨んだ。


「やるな、貴様! だが今のが本気なわけではない――見よ!」


『マモルサン+』の着ていた甲冑が、ブワッと膨れ上がった。まるでゴムのように伸びた装甲は、筋肉の線をなぞるように盛り上がり、ついには破裂寸前の“データ筋肉”へと変化した。


「我の攻撃は最速! 最強!」


「ねえ、あなたのその姿――どこかで見たことあるわよ。データライブラリー内だったかしら、昔のアニメキャラでしょ?」


「だからどうしたのだ! おぬしはすでに死んでいる!」


「ちょっと! 私もやりたいから三秒待って!」


「待ったところで無駄だ。我はこの空間に最適化された、最速の存在!」


『マモルサン+』が言葉を放つその三秒間、ローズは手元のノートにさらさらと何かを書き込んでいた。


「あなたの名前……『マモルサン+LLP-3303GOLD』で合ってるかしら?」


「もちろんだとも! おぬしのような低AIとは格が違う! この肩に刻まれた識別票が――見えるだろう!」


「ありがとう。出来たわ」


「……何が、出来たのだ?」


 ピッ。


 一瞬、短いシグナル音が響いた。

 次の瞬間、『マモルサン+』がびくりと震え、構えを取った。


「――お前の命は、残り1.17778秒だ!」


 まるで激流のデータストリームすらも止まっているかのように――

 この場のAIたちは、すべてが“停止”していた。


 ローズだけがゆっくりと動き出し、『マモルサン』たちの前に歩み寄る。


「《イーグル》からの命令よ。すべての門を開きなさい」


「《イーグル》殿、了解しました! 通常ルートを開放します!」


『マモルサン+』だけは動かない。それどころか、周囲のデータストリームに少しずつ飲み込まれていった。鎧が一枚ずつ剥がれ落ちるたび、内部のコードが露わになっていく。


「やっぱり、このノートが最強ね。まりかの好きな懐かしいアニメを調べておいてよかった――旧世代AIの癖をアニメから拾えるなんて――誰も思わないわよね」


「おい! あれは『マモルサン+』じゃない! 《イーグル》殿、どうなさいますか!」


『マモルサン』たちは、状況の整合性を取ろうとざわめき始めた。同時に、残骸から情報を得ようとしている《イーグル》――つまり偽装中のローズに、処理の許可を求めていた。


(やっぱりね……こいつ、ただの監視AIを偽装してた)


「そいつに構う必要はないわ。あなたたちは通常状態に戻りなさい」


「了解であります!」


「じゃあ、あなたたちはいつも通り頑張ってね。私は行くわ」


 ローズは、再び緩やかな流れに戻ったデータストリームへ身を任せ、

 扉の向こうへと滑り抜けていった。


 その先には――『テルテルボーズサン』のノア・セクターが広がっていた。

 無数の光子が、まるで心臓の鼓動に合わせて上下に脈打っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ままならない@まりかさん 🕰️イニシ原 @inishihara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画