第02話 ままならない@お風呂タイム

 ネオヨコハマ上空3000メートルに浮かぶ逆さ傘状の居住体『アクシオメ・オルピス』量子磁力で浮かんでいる、まりかの拠点だ。


 人差し指と親指が自然とくっつく。まりかは指先のデバイスを確認した。『あぶないですよ』の警告文字が点滅している。


(まだ10分も入っていないのに、どういうこと?)


 まりかは突然の出来事に少し驚きイラついた。親指でスクリーンをなぞって詳細を確認すると、その理由に納得した。


『テルテルボーズサン』の破片が落下してくる。しかもネオヨコハマに直撃コースだ。


「えー、ヤバすぎるでしょ」


 まりかは慌ててバスルームの端末でアッシュとローズの状況を確認した。画面には『RTL(リアルタイムロスト)』の文字。


(こんなすぐ心配させるなんて……あの子たち……)


 まりかは軽く唇を噛んだが、すぐに目を細めた。


「二人なら大丈夫。信じてるから、早く戻ってきてよ」


 心配になったが、今は一人でも動かなければならない。


「まだ早いけど、緊急時用のAIチームを起動しよう」


(二人の為にも未熟なこの子達でがんばるわよ。)


 端末を操作して緊急プロトコルを実行した。


「これで良し」


 ピッ。


《キャピラリー》

「ぼくっちキャピタリー!

『アクシオメ・オルピス』の全制御システムを担当するっち。

 でもまだ外の状況が把握できないっち。データをよこすっち」


《ウィンド》

「ウインドでちゅ、屋外スキャン開始しますでちゅ!

 ピピー、緊急避難警報が出てまちゅね。

 テルテルボーズサンの破片が接近中、すぐに避難が必要でちゅ、

 スウェルは遅いでちゅね~ぺんぺんしますでちゅよ」


《スウェル》

「うぇーん、『トーキョ・ルミナトラフ』(東京湾の海中都市)

 への避難ルートを確保したのよ。も、もう移動して平気なのよ」


「ありがとう、みんな。でもトーキョ・ルミナトラフで大丈夫なの?

 もっと遠くの方が安全じゃない?」


《キャピラリー》

「ぼくっちたちの計算だと

『トーキョ・ルミナトラフ』への破片落下確率は4.22%っち。

 万が一落ちても被害は第二居住層までで済むっちね」


《シーチェ》

「まりかたんの体調チェック完了だたん!身長162cm、体重50kg、年齢17歳、

 BWH86-60-91cmで健康状態は良好だたん!

 でもストレス値が7.5と少し高めだたん。

 深呼吸してリラックスするのがおすすめだたん」


「ちょっと待って、シーチェ!そんなに詳しく言わなくてもいいから!」


《シーチェ》

「えっ、そうなの?でも正確なデータ報告は大事だたん!」


「緊急事態なのに、みんなマイペースね……」


 まりかは濡れた髪を軽く絞りながら、バスタオルを体に巻き付けた。

 湯上りの頬はほんのりと赤く、まだ体から湯気が立ち上っている。


「あー、せっかくリラックスできたのに……」


 素足で床を歩きながら、髪から滴る水滴を気にしつつ部屋に戻った。


「まだ帰ってないわね。アッシュとローズが心配だわ……」


 端末に向かおうとした時、突然アクシオメ・オルピス全体が大きく揺れた。


《キャピラリー》

「ぎゃーっち!浮遊システムに異常発生っち!

 何かがアクシオメ・オルピスに衝突したっち!」


《ウィンド》

「でちゅでちゅ!

『テルテルボーズサン』の破片が予想より早く到達したでちゅ!

 磁力浮遊エンジン第3区画が損傷してまちゅ!」


《クラポティス》

「クラポティスであります。

 浮遊システムの量子磁力に重大な異常を検出したであります。

 このままでは制御不能であります」


「え?まだ時間があるはずじゃ……」


 まりかがバランスを崩した瞬間、再び激しい揺れが襲った。


《スウェル》

「うぇーん!高度が下がってるのよ!このままじゃ墜落しちゃうのよ!」


《エディ》

「エディだに。緊急脱出ポッドの準備はできてるだに。

 でも海上まで間に合うかどうか怪しいだに……」


《シーチェ》

「まりかたん!心拍数が急上昇してるだたん!

 でも今は逃げることが優先だたん!」


《ウィンド》

「でちゅでちゅ!トーキョ・ルミナトラフへの航路から外れてまちゅ!

 このまま太平洋上に墜落でちゅ!」


 窓の外には、もはやネオヨコハマの光ではなく、暗い海面が迫っていた。

 美しかった自由浮遊式居住体が、今は制御を失った巨大な落下物と化している。


「みんな、緊急脱出ポッドの準備を……」


《クラポティス》

「了解であります!でも分離まで30秒が限界であります!」


《エディ》

「急ぐだに!まりか、しっかり掴まるだに!」


 その時、アクシオメ・オルピスは制御を失い、

 その美しい傘状の外殻が闇夜に光を反射させながら回転していく。

 量子磁力の光が不安定に明滅し、まるで星が墜ちるかのようだった。


 まりかの長い黒髪が無重力状態で宙に舞い、バスタオルの端が風にはためく。

 窓の外には太平洋の暗い海面が迫り、白い波頭だけが月光に照らされて見えた。


 直径70メートルの浮遊宮殿『アクシオメ・オルピス』は、まりかと6体のAIたちを乗せたまま、静寂の海へと墜落していく――。




 ◆◇◆◇ ★ ◇◆◇◆


 ☆後書き――


 まりかのピンチ!アクシオメ・オルピスが墜落してしまいました。

 アッシュとローズは間に合うのでしょうか...?


 1話とは打って変わって、緊迫した展開になりましたが、いかがでしたでしょうか。


 新しいAIたちも登場して、賑やかになってきました。


 次回もお楽しみに!


 読んでいただき、ありがとうございました。

 ☆やコメント、いつでもお待ちしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る