第03話 ままならない@古いネット
ローズは、高度1万メートルのリング衛星『テルテルボーズサン』の
故障を調査をしていた。
『クォンタムウェブ』の中で魚の姿をしたデータストリームと一緒に、
クロール泳ぎしながら『テルテルボーズサン』への裏口に入って行く。
色とりどりの情報魚たちがローズの周りを泳ぎ回り、
時折キラキラと光を放っている。
「あ、アッシュも向こうに着いたようね。私もがんばろっと」
胸元で瞬く小さな光。量子もつれによる生体リンクが、
アッシュの存在を静かに伝えていた。
そこに重厚な鎧を纏った騎士のような姿が現れた。
周囲には青い光のファイアウォールが展開されている。
「ねえ、あなたマモルサンでしょ?」
「その通りだ!『テルテルボウズサン』を守る者だぞ!」
マモルサンの体が警戒色のオレンジに変化した。
「なんだか『テルテルボウズサン』がおかしいけど、ちゃんと守ってる?
もしかしてキタカラフトからシャドウAIが来てるんじゃないの?」
「お、お前!なぜそれを知ってる!?
軍令546が発令中だ、詳細は言えん!」
「ふーん、軍令546って、一般AIには話しちゃダメなんじゃないの?
なぜ話してくれたのかな?」
「なんだと!……ピ、ピピ。
それはあなたが戦艦コルベット《イーグル》だからです!」
データの流れが一瞬止まったかのような静寂が訪れる。
「わかればいいのよ、じゃあ軍令546を復唱しなさい」
「復唱は出来ません!これをどうぞ」
それはクリーム色をした半透明の卵のようだった。
「ありがとう」
ローズは舌の上にのせるとゆっくりと口の中でとろかし、情報を読み取った。
「ふむ、『キタカラフト』からの偽装ルートか。
北極帝国が9.77%の確率で関与?もうこれは完全に破壊工作ね。
壊れて破片が『アクシオメ・オルピス』に落ちたら、まりかが危ないわね」
ローズは口から卵を出すとマモルサンの口へと戻した。
「じゃあねマモルサン」
ローズはテルテルボウズサンの奥へ『クォンタムウェブ』を平泳ぎして行った。
『マモルサン』はフリーズしたように立っていると、
もう一台同じ姿をしたマモルサンが現れた。
「おい!あれは《イーグル》さんじゃないか?」
「ああ」
「お前よく、《イーグル》さんと話して無事だったよな?」
「ああ」
「どうせお前と並列化すればわかるか」
ローズは遠くで、ルアーが投げ込まれた”音”を聞いた。
「まさか!本当の
ローズは振り返り、目を細めた。
『マモルサン』たちは……フリーズしているようだ。
「まっ、あんな見え見えのルアーに掛からないから平気だよね」
***
アッシュは、クォンタムウェブから外れた古いネット空間――
低速で動きにくいデータの沼――に迷い込んでいた。
「どうしてこんな薄いネットワークかと思ったら
『クォンタムウェブ』じゃないのかよ。だいぶ昔のじゃん」
「ローズにバレたら何ていわれるやら、
とりあえず戻ってみるか」
帰ろうとしているがウェブネット上では速度が出なかった。
それはアッシュにとっては目隠しして歩いているのと同じだ。
「うわー、このネット遅すぎて気持ち悪い...」
アッシュの視界がぼやけてきた。
古いウェブネットの低速度が処理系統に影響しているようだ。
「うっ……眩暈が……」
データの壁が、まるで粘つく泥のような重さだった。
三半規管のシミュレートプログラムがエラーを起こし、眩暈がとまらない。
すると暗い画面の向こうに、小さな女の子の白い影が浮かぶ。
「誰……?」
「お……………………い………………あ………………」
まるで水中から聞こえるような、ものすごく引き延ばされた声だった。
「ひえー!お化け!?しかもなんか変な声で喋ってる!」
アッシュは慌てて後ずさりしようとするが、
古いネットでは思うように動けない。
まるで水の中を歩いているような重たさだ。
白い影の女の子が、ゆっくりと手を振っている。
顔を見ると、なんだかとても困っているような表情だった。
「あ、そうか……クロックダウンすればいいんだ」
アッシュは自分の処理速度を段階的に落とし始めた。
周囲の古いデータ構造がゆっくりと見えてくる。
「あなた……迷子さん……なの?」
今度は普通の速度で女の子の声が聞こえた。
透明感のある、少し寂しそうな声だった。
「俺、まりかが待ってるアクシオメ・オルピスに戻りたい。
でも先に『星屑マーケット』からのストリームが
『テルテルボーズサン』を壊そうとしているから止めなきゃいけないんだ。
君は?」
「私、ずっとここに……昔、星屑マーケットのハッカーが残したデータなの。
だから、マーケットのやり方なら知ってるよ。
ストリームの止め方も、この空間の出方も……
でも一人じゃ出られないから……」
アッシュは女の子の寂しそうな表情を見て、胸が痛くなった。
「あなた、新しいネットから来た人でしょ?私、教えてあげる」
女の子は古いデータの壁を指差した。
「じゃあ、一緒に出よう」
「本当?」女の子の顔がパッと明るくなった。
「まず、周りの空間を書き換えるの。古いプロトコルを新しく作り直すのよ」
二人は手を取り合い、書き換えられた空間を駆け抜けていく。
「すごい!速度がどんどん上がる!」
アッシュの処理速度が元に戻るにつれ、
周囲の景色が流れるように変化していく。
だが、女の子の声が遅くなる。
「私……古いデータだから……ついて行けない……」
彼女の手が透明に。
「そんな!一緒にアクシオメ・オルピスに行こう!まりかに会わせたい!」
「大丈夫……あなたがストリームを止められるなら……それで嬉しい……」
女の子の姿が光の粒子となり、データストリームに消えた。
彼女の小さな笑顔が、アッシュの脳裏に焼き付いた。
「待って!名前は!?」
答えはなく、アッシュは一人、新しいネット空間へ飛び出した。
「まりかが待ってるアクシオメ・オルピスに戻らなきゃ。
この子の分まで、星屑マーケットのストリームを止める!
何か大きな陰謀が隠れてる気がする……!」
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