第23話 お包みしますね


 ああ、また始まりました。悪ふざけが加速する予感がします。


 けれども、そうは毎回悪ノリにばかり付き合えませんわよ。ここは冷静に対処して見せましょう。


「凌太朗、かつての私に少しでも近いマネキンはないのですか?」


「えっと、そうですね……。ありそうな気もしますが……」


「ならば今すぐスマホでお調べなさいな」


 私がそう言うと凌太朗ははっとして、ポケットからスマホを取り出しました。どうして私が指摘するまで気がつかないのでしょうか。、こういうところは抜けていましたわね。まったく、ひとつも変わっていません。


 それにしても、ずいぶんと真剣な眼差しで調べています。


 少しすると、だんだん凌太朗の様子がおかしくなり始めました。秒を追うごとに頬が赤く染まっていき、生唾をごくりと飲み込んで——。


 完全にスマホの画面に釘づけになってしまいました。


「何か良い物が見つかりましたか、凌太朗」


 返事がありません。それどころか、目をらんらんとさせ始めました。まるで私の声など届いていないかのような。


「聞こえませんの?」


 少しくらい声を荒げても、なお私の声に気がつきません。


「凌太朗、返事なさい。……!!」


 大きな声に体をびくっとさせ、ようやく我に返りました。


「もう、いったいどうしたというのです?」


「あの、えっと、その……」


 隠すかのように、慌ててスマホをポケットに突っ込もうとしました。ところが、この異常な雰囲気を察したコウジが、凌太朗のスマホを取り上げてしまいました。


「わっ、ダメダメ!」


「まったく何事だよ凌太朗。……ん? これって……」


 コウジが画面を見るなり、にやにやし始めました。凌太朗は必死になってスマホを取り戻そうとしますが、コウジがひらりひらりとその手をかわしています。


「なるほど、なるほど。これは刺激が強すぎだね」


「わーー、ダメ! コウジ、それ以上はダメ!」


 学校では仏頂面で平静を保つつもりのようだった凌太朗が、あからさまにひどく取り乱しています。この感じ、ひょっとして——。


「スカルさん、凌太朗がエッチな妄想をしています」


「だーー、違う、違うって! まさか最近のマネキンに、こんなにリアルなものがあるだなんて知らなかったんだ!」


「ほほう~。それでスカルさんのかつてのお姿を重ねて……」


「違う違う! してない! 断じてそんなことしてない!!」


 あわてふためく凌太朗。まったく、殿方という生き物はどうして事あるごとに、はしたない妄想に花を咲かせるのでしょうか。呆れかえりますわ。


「怪しいなあ~。妄想しないわけないだろ? お前だって立派な男なんだし」


「変な妄想なんてしてない! ただ、最近のマネキンの顔ってこんなに可愛く作れるんだなって考えてたら、画面に急に裸のマネキンが出て来て……あっ!」


「想像しちゃった、と?」


「……してない、してないってば!」


 ため息が出そうです。出そうにも、今の体では出せませんが。


 本当にどうしようもない連中です。けれど、美しさに惚けてしまうのは素直で良いのかもしれませんわね。——さて、どうしましょうか。


「いい加減になさい、ふたりとも。で、凌太朗。そのマネキンとやらを利用するおつもりなのですか?」


「えっと、それは……」


 凌太朗は胸に手を当て、大きく深呼吸してから答えました。


「いえ……。あくまでマネキンは人間の体を真似たものに過ぎませんし、よく考えたら、骨格をまるごと内蔵できるマネキンなんて聞いたことないですし」


 案外、冷静になるのが早いですわね。もう少し動揺した姿を見せてもよいのですが。拍子抜けした感はありますが、まあいいでしょう。


「それに、お嬢様が気に入るような造形のものはないと思います」


「当然ね。どこの馬の骨とも知れない娘の体を真似たものでは、私の美しさを再現するにはどれも役不足でしかありませんことよ」


「おっしゃる通りです」


 すっかり平静を取り戻してくれた様子です。それならそうと、一刻も早く肉体造りを進めさせなければ。


「マネキンは参考程度に留めるとして、結局、どう顔を合わせていくのです?」


「ああ、でしたら、こんなものを用意してみました」


 そう言って凌太朗は、紙でできた手提げバッグの中から、大きめの真っ白な布地を取り出しました。


「何ですの? それは……」


「なぜか近所の家電量販店で売っていた、全身タイツというものです」


「全身タイツ?」


「ではさっそくお包みしますね」


 言うなり、人型の布のようなものを私の体に着せ始めました。


「は? ちょっ、ちょっと待ちなさい! ちゃんと説明なさい!」


 いつものように、お構いなしに手をすすめます。あっという間に、私の体は全身タイツなるものに包まれてしまいました。しかもそれだけではなく、大きな鏡まで持ち出して、その様子をわざわざ私に見せてきたのです。


「およしなさい!」


 こんな姿、——恥ずかしいですわ!!


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