第22話 マネキンならば
「なんなんですの、この絵は!?」
「……と申されますと?」
「こんなの許しませんわよ!!」
「……どこか至らない点でも?」
飄々とした表情で、美術部員たちは悪びれる様子もなく答えます。とんでもない加筆を行っているというのに。
そこには——恍惚の表情の、いかにも淫らな女性の姿が描かれていたのです!
「私は娼婦ではありませんのよ! こんな顔などしたことありませんわ!!」
私がそう言うと、男たちは全員、ぴたりと動かなくなりました。もちろん凌太郎もです。変な間をおいてから、そっと耳元で凌太郎が言いました。
「娼婦とか、したことないとか、興奮するのでやめてください」
またそれ? いい加減にして欲しいですわ。無性にイライラしてきました。
「はあ?! すぐにやましいことに結びつけるあなた方がいけないんですのよ?」
「仕方ないんですよ。僕たち年頃の男子なんですから、ちょっとのことでいろんな反応しちゃうもんなんですよ!」
「何を言ってますの? 凌太朗、あなたには節操というものがないの?」
「健康な男子高校生の辞書に、節操なんて言葉はありません」
「なっ!? また私をからかっているんですの?」
もう、怒り心頭です。家ではあんなに従順に振る舞っていたというのに、外に出た途端この体たらく。ふざけるにも程がありますわ。
私と凌太朗が言い合っていると、コウジが余計なことを口にします。
「あれあれ?
「違いますわ! 主人として叱っているだけです」
「やっぱり痴話喧嘩じゃないですか」
「はあ?」
話になりません。油断するとすぐこれです。ひとりがふざけ出すと、他の男まで寄ってたかってふざけ足します。男子高校生というものは、全く困った生き物です。コウジが続けます。
「エロ要素は入れるな、ということですか?」
「当たり前です。なぜ私をそのように扱おうとするのです?」
「スカルさんの反応が、思いのほかいいからですよ」
「あなた方といっしょにしないでくださいまし!」
毎度毎度、本当に呆れかえってしまいます。いえ、ですが、卑しい身分の者たちを正しい認識に導くのも、上に立つ者の責務。怒ってばかりでは芸がありません。
「どうでも構いませんが、とにかくそのエロ要素とやらを完全に排除して描き直しなさい。みなさん絵はなかなかの腕前のようですから」
私の言葉に、男たちは静まりました。落ち着きを取り戻せた様子に見えます。
「どうしたのです? 早くなさい」
「はい!」
部員たちは各々複写した絵を手に取り、再び加筆を始めました。凌太朗も作業に加わりました。
五分もしないうちに、次々と絵を仕上げて私に見せてきます。頬をかすかに赤らめたものが散見されましたが、どれも可憐な乙女を上手く描けていました。
「やればできるじゃありませんか」
みな得意げな顔をして見せます。単純な動物たちで助かりました。この調子で描き続けさせれば、近いうちに、かつての私の美しさを再現できるかもしれません。このままいけば——。
「じゃあそろそろ」
「そうだね!」
突然のコウジの呼びかけに、凌太朗が応じました。
「何を始めようと言うの? 私はまだ絵の仕上がりに納得してませんわよ」
尋ねると、凌太朗は私の側まで寄って来て、答えます。
「立体にしたときのイメージって大切じゃないですか。ですから、これから仮の頭を取り付けて、その上から一枚ずつ絵を合わせてみようと思うんです」
そんなの聞いてませんわ。昨日の夜からずっと一緒に居ておきながら、私には何ひとつ断りもなく。当事者の私に、ましてや主人たる私に、どうして予定の報告ひとつできないのでしょうか。それに——
「それではまるでミイラのようではありませんか」
「包帯を巻いてるわけではないので、どっちかといえばマネキンですね」
「マネキン? 何ですの、それは」
「う~ん、……人型の模型みたいなものでしょうか」
人間の姿に近づくのは良いことですが——
「それは今の私とどこが違うの?」
「少なくとも仮の肉体は手に入ります」
「肉体?」
マネキンとやらに近づけば、私は初めて肉体を手に入れられる? ですが、これまでの悪ふざけを考えると、凌太朗の「少なくとも」という言葉がひっかかります。
「まあ、肉体と言っても、のぺっとしてたりちょっと胸が膨らんでたり。人間に近いような、そうでないようなって感じですけど」
「ダメじゃない」
「あっ、でもリアルなやつもありますよ」
「それはどんなマネキンなのです?」
「腹筋がやたら割れてるやつです」
「あのね……」
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