第24話 本物の顔


「んん?」


 歓声を上げると思いきや、男たちは微妙な反応をしました。全身タイツに身を包んだ私をまじまじと見て、コウジがひと言——。


「白い棒人間だね、これじゃ」


 なんですの、それは? 雰囲気からして、よろしくないものに例えられているとは感じていますが。聞いてみると、棒人間とは、頭はただの円で、体は直線だけで描いたお粗末な絵のことらしいのです。


 確かに、鏡に映る私の姿は、ひどく情けない貧相な体つきをしています。本来、全身タイツなるものは肉体の上から身に着けるもののようですから、骨しかない今の姿では、その布はたるんで、だらしなく垂れ下がるばかり。


 ああ——、理想にはどれほど遠いのでしょうか。


「凌太朗……。こうなることは簡単に予想できませんでしたの?」


「すみません。顔のことばかり考えてしまっていて……」


 凌太朗はうつむいて答えます。まあ、落胆していても事は良くなりません。ひとまず、顔を完成させてから考えれば良いことです。


「別にいいですわ。あなたは一生懸命やってくれているのですから。とにかく、早くいろいろと顔を試してみましょう」


 私が宥めると、凌太朗はゆっくりと顔を上げました。コウジはその隣でにっこりとほほえみ、「良かったな凌太朗」と声をかけています。そして私にも、


「さすがはスカルさん、器がデカい。よっ、ご令嬢!」


と、妙な持ち上げ方をしてきます。この男なりの気の配り方なのでしょうか。



 それからようやく、が始まりました。


 美術部員たちの加筆は見事なものばかりでした。ひとつ合わせるごとに男たちは感嘆の声を上げましたが、やはりかつての私に近いものはなかなか出てきません。凌太朗は首を縦に振りませんでした。


 ついに最後の一枚となった、そのとき——。


「あのさ、みんな……」


 凌太朗が改まった声で呼びかけました。


「どうした?」


 みなの視線を集める中、凌太朗はカバンからもう一枚、絵を取り出しました。加筆の入っていない、しかも未完成らしき荒い下絵を。


 ですがそこには、——かつての私の面影が感じられたのです。


「まだラフあったんだ。俺が仕上げようか?」


 美術部員のひとりが言うと、凌太朗は首を横に振りました。


「この絵、このまま一度合わせてみてもいいかな?」


 男たちは顔を見合わせました。けれどすぐにうなずき合って、「いいぜ」と返しました。凌太朗はお礼を言い、その絵を両手で大事そうに持ってくると、私の目をじっと見つめて言ったのです。


「僕のとっておきの一枚です」


 とっておきのわりには、ずいぶんと雑な絵ですわね。けれどもなぜか私は、言い知れぬ高揚感に襲われたのです。


 凌太朗は慎重に私の頭部に絵を巻き付けていきます。彼の表情は仏頂面を維持したままでしたが、ただならぬ決意をその目に感じました。


「どうなのですか、凌太朗」


 実のところ、私は絵に視界を覆われてしまい、自分の姿を鏡で確認することはできません。顔合わせが始まってから、ずっと。


 ですがこの絵は——。


 凌太朗は、初めて、首を縦に振ったのでした。


「やったな、凌太朗! ついににたどり着いたんだな!」


「ごめん、みんな。いろいろ手伝ってもらったのに……」


「何言ってんだよ、構わねえって。みんな本物のスカルさんの顔を拝みたかったんだからよ!」


 男たちが次々に凌太朗のもとへ集まり、笑顔を咲かせて、背中を叩いたり肩を抱き寄せたりしています。みな晴れやかな様子で、おおいに喜び合っています。


 ですが、またしてもコウジが余計なことを言って水を差します。


「このままだとまだ、お面付けてる全身タイツの骨体だけどね」


 男たちはいちいち反応して、コウジとくだらない会話を始めます。


「うわっ、その表現ひどくね?」


「事実だろ? 実際お面付けた白い棒人間じゃん」


「お前それ、いくらなんでも言い過ぎだって! スカルさん傷ついちゃうだろ」


「こんなことでヘコむようなお方じゃないって。俺たちとは違ってさ、心臓に毛が生えてるどころか、もっさもさの剛毛で毛玉みたいになってんだから」


「なんだよそれ、ウケんだけど!」


 好き勝手の言いたい放題ですわね、何がおもしろいのかしら。野蛮なこの者たちの低俗な会話にさすがに慣れてきたとはいえ、やはり聞くに堪えない代物ですわね。


 しかし確かにコウジの言う通り、こんなことで傷ついて弱みを見せるような私ではありません。私はスカーディナ=ルクセンブルク、すべての民の上に立つ高貴なる存在なのですから。


「じゃあじゃあ、顔が分かったところで、ひとまずみんなどうするよ?」


 コウジが聞くと、男たちは口々に案を出していきました。――それは、新たな試練の始まりを告げるものでした。




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