断章 回想2

小学校に入学してから二年が経ち、祐は三年生、未来みきは四年生になっていた。入学式に行く直前の未来の言葉のおかげか、祐にはそれなりに友人もでき、学校生活は楽しいものになっている。友達が増えても、未来との関係が薄れていくことはない。むしろ、更に親密になったぐらいだ。自覚しないまでも、親愛みたいな事を思うぐらいまでは。


 五月も下旬。もうすぐ未来の誕生日が近づいてくる。今年は、初めて誕生日プレゼントを渡そうと、祐は張り切っていた。


「お母さん、未来にプレゼントあげたい!」


「ん? プレゼント? ……あぁ、もうすぐ未来の誕生日か」


 紗那は目にクマを作りながら、革製のソファーに横になって、首だけを祐の方に向けている。


「今、すごい疲れてる?」 


「昨日徹夜で、イラストを仕上げててな……。今朝ようやく描き終えたんだが、なに、息子の話を聞く元気ぐらいは残っているさ」


 と、言いつつ眠気に襲われて、今にも寝てしまいそうだ。祐はそれを察して、紗那が寝る前にと話を切り出す。


「未来って何が欲しいかな! 形がある物を渡したいんだけど」


「去年まで、プレゼントをあげるなんて、考えもしなかった祐がな……。我が子の成長は嬉しいものだ」


 涙なんて出ていない目を、手で拭うと眠い頭をフル回転させ、何が良いかを考える。それから数秒後、導き出した答えは。


「想いプレゼントがいいな……」


「何で!? 重い物なんてあげても絶対に喜んでもらえないよ!」


「何か勘違いしてないか? 私が言ったのは重量の方ではなく、想いの方だ」


「何それ……」

 

「祐にはまだ分からないだろうが、いつか分かる日が来るさ」


「うん……? それで、結局何が良いの?」


「分からん。何をプレゼントするかは、祐が決めればいいさ。お金は出してやる」  


「えぇーーーーーー!?」


 重い想いプレゼントを渡せば良いと、アドバイスをもらったものの、祐にはそれが何なのか分からない。


「未来だって私が選んだ物より、祐に選んでもらった方が嬉しいだろうからな。これも勉強だと思って、自分で選んでみるといい」


「うん……」


 考えて、どうしても決まらなかったら、未来に聞けば良いかと思っていると。


「あと一つ、未来に何欲しいとか、聞くのはオススメしない。祐が選んだ物に価値があるんだからな」


「わ、分かってるよ」


 考えてる事を、見透かされてドキッとしたけど、紗那がそれに気づく事はなかった。


「すぅ……くぅ……」


「お母さん寝てる……」


 さっきまで、普通に話していたはずなのだが、それほど疲れていたのか紗那は今、夢の中だ。


「とりあえず、考えないとな。重い物か……」


 色々考えて、候補はある程度出てきたが、決定には至らない。

 どんどんと日が進み、未来みきの誕生日当日が来てしまった。


「もう五月二十九日か……。結局一つに絞れなかったな」


「祐。今日は正一と未来と一緒に、アレクモールで、誕生日会の買い出しに行くんだろ? そこでプレゼント買わないと、間に合わないぞ」


「うん。今日は絶対に決めるから!」


「よし、これで祐が買いたい物を買ってこい」


 紗那が財布から三万円を渡してくる。まだ八歳である祐に渡すには、破格な金額だ。 


「こんなにいいの?」


「あぁ、息子が初めて好きな子に、プレゼントを渡すって言うからな、このぐらい奮発するさ」


「ありがとう! 未来が喜んでくれる、重いプレゼントを買ってくるよ」


 その言葉を聞いて、紗那は吹き出しそうになったが、何とか踏み止まる。


「そ、そうだな。ふふ……。重いプレゼントを買ってくるんだぞ」


 しばらくして、正一が祐を迎えに来た。隣には未来もいる。二年前より背も伸び、髪だって腰まで長く、今では後ろで括ってポニーテールにしている。


「未来誕生日おめでとう! 十歳になったんだよね。また年離れちゃった」


「ありがとう。でも離れたって言っても、七月には、また近づくじゃない」


 祐の誕生日は七月の為、あと一ヶ月ちょっとで九歳になるのだ。


「祐君こんにちは。それじゃ紗那さん、祐君をお預かりします」


「……正一。その言い方、祐を攫う、誘拐犯みたいな発言だな」


「ははは……。そんな事はないと思うけど」


「冗談で言っただけだ。真に受けるな」


「昔から紗那さんの冗談は、分かりづらいな……」


 正一と紗那が一言、二言話した後、三人はこの街一番の複合型ショッピングセンター、アレクモールに向かった。

 中にある施設は豊富で、カラオケや本屋、ゲームセンターなどの娯楽から、数々の飲食店、ブティック、化粧品店などもある。少なくとも、一日で全部回る事など不可能なぐらいには、巨大な施設なのだ。


「さて、未来みきちゃんの誕生日ケーキや料理の材料を買いに行こうか」


「あの!」


「どうかしたかい? 祐君」


「少し一人で見て回っても、良いですか?」


「え、一人でかい? 何か買いたい物があるなら、一緒に付いて行くけど」


「えっと……。やっぱりダメですか?」


「うーん。一人にして、何かあったら大変だからね」


 祐が何故、一人でモールを回ろうと思ったのか、それはひとえに、未来に何を買ったのかバレたくないからだ。プレゼントは誕生日会で渡したい。

 だが、正一が祐を、一人にさせる事を許すはずもなく。


「それなら、わたしが一緒に行ってあげるわ。それならいいでしょ?」


 未来が助け舟を出すように、正一に提案した。だけど祐にとっては、それは困るわけで。


「大丈夫だよ未来。俺一人で回りた──」


「祐の意見は聞いてないから、今は黙ってて。ねぇパパ、ダメ?」


「そうだね……。分かったよ。でもこれだけは守って、何かあったら絶対に大声を出して、周りに助けを求めるんだよ。あと、携帯にメッセージ送ってくれたら、すぐに向かうから、忘れないでね」


「ありがとうパパ。さぁ、パパの許可も取れたし、行くわよ祐」


「え、あ、うん……」


 半ば強引に、未来が付いて来る事になってしまい、一人で回る事が出来なくなってしまった。だけど、一人で回るのも多少の不安はあった為、少しホッとしている所もある、祐である。


「一時間後に、一階にあるこの植物の前に集合で良いかな?」


 正一が目の前にある植物に、指を向ける。植物を中心に円形のベンチが設置しており、休憩所としても使える場所だ。


「分かったわ。ちゃんと祐が迷子にならないように、連れて来るから安心して」


「ここには何度も来てるし、迷子にならないよ! 多分……」


 こうして二人は正一と離れ、祐は紗那にアドバイスをもらった、重いプレゼントを探しに、未来みきとモール内を回る事になった。

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