第8話 雑談部本来の部活(雑談)
「なぁ」
「んあ?」
「俺、七時に起こしてって言わなかったか?」
「そう言ってたな」
「それじゃ、何で今、七時五十分なんだ?」
時計の針は七時どころか、もうすぐ八時を迎えそうな所まで来ていた。
「那由先生に仕事部屋を見学させてもらった後、私の事を描きたいと言ってくれてな、それが終わったのが今なんだ」
「…………」
タイマーもかけず、起こしてくれとリアラに頼んだ俺も悪いとは思うから、そこまで強く言うつもりは無いが、お互い遅刻が確定したというのに、こいつの嬉しそうな顔といったら、もう……。
「はぁ……。嬉しそうで何よりだ。それはそうと、絵のモデルになった時、裸にされただろ?」
「んあ!? どうしてそれを……」
「前例を知ってるからだよ」
数年前、みらいも母さんに呼ばれて絵のモデルをやった事がある。その時に聞いたんだ。裸を描かれたと……。あの時の母さん、
「私の他にも、裸を描かれた奴がいたんだな。那由先生に描いてもらえるなんて、さぞ嬉しかったに違いない」
「裸を描かれて喜ぶ奴なんて、お前ぐらいだよ……。そういや母さんはどこ行ったんだ? 姿が見えないけど」
「那由先生、描き終わった後、眠くなったらしくて部屋に行っちゃったんだ。もっと話したかったのに」
「本当に見た目に反して、マイペースな人だな。とりあえず俺はシャワー浴びて学校に向かうから、先に向かっててくれ。遅刻確定だけど」
さすがに俺も、シャワーは浴びておきたい。何せ、どんなに急いでも遅刻は決まっているのだ、最低限の身支度はしておく。
「いや無理だぞ。私、学校までの道覚えてないからな」
「あぁ、そう……」
リアラをリビングに残し、俺は脱衣所に向かった。さっさと髪と身体をシャワーで洗い流し、制服に着替える。脱衣所にある鏡の前に立ち、そこにある化粧水を手に取り、顔に馴染ませたら、ドライヤーで軽く髪を乾かす。
「今から出れば、二限目までには間に合うか」
リビングに戻ると、そこには寝息を立てたリアラが床に転がっていた。
リアラも俺と同じく、徹夜でゲームをしていた為、眠くなったんだろうが、今は寝かせている時間はない。
「おい、起きろ」
気持ちよさそうに眠っているリアラの額目掛けて、軽くチョップを繰り出す。
「んあ!? 何だ何だ! おでこが痛いんだけど!」
「おはよう。起きたなら学校行くぞ」
「ユウの仕業だな! まったく、起こすならもっと優しく起こしてくれよ!」
母さんは寝ているだろうが、一応扉越しに声をかけ、俺達は学校に向かった。登校中、リアラがうるさかったのは、言うまでもない。
そして授業が終わり(ほとんど眠くて、授業の内容が頭に入らなかった)放課後、部室にて。
「それは災難だったわね」
雑談部本来の部活内容、雑談という形で昨日の一部始終を語ってみせた。母さんの話は除いてだが。その事について、リアラがすごい喋りたそうにしているが、「言ったら母さんに嫌われるぞ」と口止めしといた為、お口にチャックをしている。その代わり、俺がリアラにゲームで負け続けた事は、バラされたけどな。それも煽るように。
「本当に災難だ。昨日から体育の授業に遅れるわ、学校遅刻するわで、どんどん内申点が落ちていきそう」
「私は別に災難じゃなかったぞ。むしろ幸せだったぐらいだ!」
「お前はな……。そろそろテストだって近いっていうのに、眠くて内容が頭に入らなかったし俺は最悪だ」
多少仮眠を取ったところで、眠気が完全に消える訳がなかった。授業中は、睡魔と俺のガチンコ勝負が繰り広げられてた。
「臼杵君、今日の紅茶はニルギリを淹れてみたんだ。クセが無くて飲みやすいし、きっと眠気だって覚めるよ」
いつもの如く、紅茶を淹れ終わった白河がカップを机に並べていく。ニルギリ、聞いた事ない紅茶だ。ダージリンとかアールグレイは知っているんだが。
「初めて飲む紅茶だな。ニルギリって聞いた事もないし」
「ニルギリはね、インドにあるニルギリ丘陵って所で作られるんだけど、味が本来の紅茶って感じで、美味しくてね。レモンティーにもミルクティーでも合うんだけど、やっぱりストレートで飲むのがオススメかな。それに、柑橘系の香りで例えられたりする事もあるんだよ」
普段は気弱そうにしているが、白河は紅茶の話になると声量が普段より上がり、テンションも心なしか高い気がする。俗に言う、誰だって得意分野になると、饒舌になるって奴だ。
「ふふっ。千明さんは本当に紅茶がお好きなんですね」
片手でカップを持ち、器用にもう片方の手で文庫本のページをめくりながら、九重先輩がこちらに微笑みかけてくれる。
「あ、はい……。あの、もしかして読書の邪魔しちゃいましたか?」
「そんな事ありませんよ。千明さんの紅茶への熱意、わたくし好きですので聞いていて、不快になるような事はありません」
「そ、それなら良かったです」
「もぐもぐ、なぁ! さっきカホ、チアキに好きって、もぐもぐ、言ってたよな! 愛の告白か!? もぐもぐ」
九重先輩が持ってきたクッキーを頬張りながら、リアラがこちらの話に食いつく。せめて、食べ終わってから話してくれ。マナーがなってないぞ。
「それと、チアキ紅茶のおかわり頼む!」
「うん。ちょっと待ってて」
リアラからカップを受け取り、ポットが置いてある場所まで向かう。白河はポットからカップへの注ぎ方も美しく、右手でティーポットを扱い、左手は茶漉しを使って注いでいるのだ。
俺だったら、茶漉しなんて使わずに直接淹れちゃうと思うから、注ぎ方一つで白河の紅茶への想いが伝わってくる。
「それで、それで、どうなんだ!」
「どうも何も、さっきの発言に恋愛感情は一切ありませんよ。千明さんの熱意を賞賛しただけです」
「なんだ、そっか。でも、誰かさんにとっては良かったのかもな」
リアラがこちらを向き、親指を立てている。なぜそこで俺を見る……。あぁ、そういえばこいつ、俺が九重先輩の事好きって、勘違いしてるんだったか。
「誤解があるようだから言うが、俺は九重先輩の事を尊敬する先輩としか思ってないからな。勘違いするなよ」
「昨日、カホの事好きだって言ってたじゃねぇか! 嘘だったのか!」
「そんな事言ってないし、ずっと無視決め込んでただろ!」
変な記憶の改竄はやめてもらいたい。恋愛ゲームをやっているだけあって、オタクな上に恋愛脳でもあるのかよ。
「臼杵君をからかうのもほどほどにね。はい、紅茶淹れてきたよ」
「おう、ありがとな」
白河から受け取った紅茶に、ふぅふぅと息を吹きかけ、冷ましながらちびちびと飲み始める。
「でも、祐のはともかく、夏帆の恋愛事情は聞いてみたいわね」
聞き手に回っていたみらいも、ここで会話に参加してくる。九重先輩の恋愛事情……。確かに聞いてみたい感はあるな。
「
「だってわたし達、もう一年の付き合いなのにそんな話した事ないじゃない? そろそろ、そのぐらいまで踏み込んでいいかなかって」
「まぁ、別に隠すような事でもないので、言っても構わないですけど……」
はぁ、と少しため息をつき、読んでいた文庫本に栞を挟む。その仕草一つ取っても、惚れ惚れとする美しさだと感じる。
「生まれてこの方、誰かとお付き合いした事はありません。お兄様が持ってくるお見合いの件も、全てお断りしていますし」
「お兄様って、
俺は選択授業を美術にしている為、授業を受けた事はないが、九重先輩の兄、
「あの人は、わたくしをどこかに嫁がせて、家から追い出したいだけなんです…………。いえ、少し言葉が過ぎましたね。忘れてください」
九重先輩は閉じていた文庫本を開き、表情一つ変えないで続きを読み始める。九重先輩にとってこのぐらいは日常茶飯事だと言うことか?
「なんてやつだ……。カホのお兄ちゃん悪魔かよ! 家から追い出そうとするとか、人間の所業とは思えん! 今どこにいるんだ? カチコミに行ってくる!」
「待ってリアラ。ストーップ」
部室から出て行こうとしたリアラの手を掴み、みらいが踏み止ませる。
「なんで止めるんだミキ! カホが家を追い出されそうになってるんだぞ! 私も追い出されそうになった事があるから分かる。あれはメンタル的に辛い」
「わたしは家から追い出されたこと無いから、リアラの気持ちを、理解してあげられないけどさ今、湊先生に手を出したら、お姉さん探すどころじゃなくなっちゃうでしょ」
「ぐぬぬ……。確かにそうだな……」
「だからさ、お姉さん見つかったらカチコミ行きましょ!」
「おぉミキ……!」
みらいとリアラが熱い握手を交わす。なんかお互い、湊先生に喧嘩売りにいく雰囲気が出来上がってるけど、ダメだからな……。
「部長に天壌さん、荒事はなしです。せめて話し合いで解決しませんか? それと、カチコミって言葉、僕達が使うのは少し違うような……」
「千明君……」
「チアキ……」
二人は白河の言葉を受け、一呼吸した後。
「何を甘い事を言っているの千明君! 話し合いで済んでいたら夏帆がとっくに済ませているわ!」
「そうだぞチアキ! こういう時はな、武力を持って解決するのが一番なんだ。大体の物語の主人公はそれでハッピーエンドを迎えてるんだぞ」
二人共、威勢よく反論しようとしているのだが、白河に言葉の使い方を指摘された事については、何か一言ないのか……?
「えっと……。ごめん臼杵君、僕じゃ二人を止められそうにないや」
突然の白河からのバトンタッチ。俺だってこの二人を止められる気はしないんだが、バトンを託されたからには何とかしてみるか。
「おい、二人とも暴力は──」
「もちろん祐も付いて来てくれるわよね? 夏帆の為だもの、一緒に来てくれると信じてるわ」
「待て、カチコミなんて行くわけ──」
「ユウが来てくれるなら百人力だ! そうと決まれば、とっととお姉ちゃん探して、天使らしくカホを救ってやるか!」
こいつら、聞く耳もたねぇ……。俺の言葉全てが、肯定に変換されてるんじゃないだろうな。
「そろそろいい加減に──」
パタン! という音と共に、俺の言葉は遮られた。さっきも、みらいとリアラに遮られてはいたが、今回の音の原因は二人じゃない。
「お二人ともうるさいですよ。読書の邪魔です」
九重先輩が読んでた本を、強めに閉じた音だった。少し不愉快に顔を顰めている。
「夏帆が怒ってるわ……」
「んあ!? どうしてカホが怒るんだ? 私たちはカホの為を思って……」
「わたくしの為なのは、聞いていたので分かっています。ですが、お兄様との関係はわたくしの問題ですので、お二人には関わってほしくありません。分かりましたね?」
「「はい……」」
関わってほしくないと言われたのがショックだったのか、二人とも結構沈んでいるように見える。それを見てか、九重先輩が軽く咳払いをして。
「ですが、わたくしの為を思ってくれた事に関しては、すごく嬉しいと思っています」
軽く頬を紅くしながら、呟いた。
なんだろう、美しさの中にある可愛さって、この人の事を言うんじゃなかろうか。
「夏帆〜! わたし少し調子に乗りすぎたわ。夏帆が関わってほしくないって言うなら、これ以上何もしない。だけど、何かあったらすぐに
「私もミキと同じ気持ちだぞ。だからさっきの事を許してくれ。もし家から追い出されたら、私の家で一緒に住もう! そうすればカホも家を無くさずにすむし、私もカホからいっぱい、お菓子貰えて幸せだ!」
「
こんな感じで、どうでもいい話や真面目な話を
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