第7話 母さん

 髪型は黒髪ショートで黒いフレームの眼鏡を掛けており、顔立ちだけなら冷徹なクールビューティって感じなのだが、服装が全てを台無しにしている。紫色のジャージを着崩しながら着ているのだ。しかも左胸辺りには、旧姓である桜宮と白い刺繍が施されていて、つまりは大の大人が、学生時代のジャージを着ているという事実。信じたくはないが、この女性は臼杵うすき咲耶さな。俺の母親だ。


「げっ……。母さん」


「げっ、とは何だ。こっちは昨日の夜に修羅場仕事を終えて、祐の顔を見に来てやったのに、お前は家に居ないしな。なんだ、可愛い女の子を連れて朝帰りか? 未来みきが泣くぞ」


 母さんの視線は、後ろにいるリアラに向いていた。


「いや、リアラとはそんな関係は一切無いし、何なら、昨日初めて会ったばっかりだからな」


「ほう。昨日知り合った人と、朝帰りか。尚更怪しいな。この事、未来に連絡していいか?」


 スマホを取り出し、それをチラつかせる。母さんは、昔から俺をからかうのが好きなんだ。だから、みらいに連絡をするつもりはないと、分かっている。


「てか、リアラについては、みらいだって知ってるし、俺はやましい事はしてないから連絡されようと困らん」


「そうか」


 興味を無くしたかのように一言で、話を区切ると、母さんは俺の横を通り過ぎ、リアラと向き合った。


「私は祐の母親だ。リアラさん? と言ったな。祐から何もされなかったか?」


「ユウのママさんなのか! 昨日はユウには良くしてもらったぞ」


「良くしてもらった……。(意味深)、って事か」


「違うから……。リアラの家、ここからニ階上なんだよ。道が分からないって言うし、部屋まで案内したら、ゲーム誘われて、今の今までずっとやってた」


 リアラと対戦して、一勝も出来なかった事は伏せておく。


「あぁ、そういう事か。どうせ、対戦系のゲームをやって、この子に勝てなかったんだろう? 祐は昔から格ゲーとか苦手なくせに、勝つまでやるって意地になるからな。それで朝帰りか」


 何か、バレたんだけど……。母親怖し。


「そ、そんな事──」


「すごいな。ママさん正解だ! ユウは私に一勝も出来なかったぞ!」


 はい。そこの、チビ天使に暴露されました。本当の事とはいえ、俺にもプライドと言うものがあるんだが。


「そんな事だと思った。とりあえず帰ってきたなら、朝食作ってくれ。フレンチトーストを頼む。甘いやつな」


 いや、朝食ぐらい自分で作ってくれ。と言いたい所だが、母さんは料理が全くと言って良いほど出来ない。カレーを作らせたら、ルーがべちゃべちゃだし、野菜の大きさもバラバラになる。


「俺らも、リアラの家に何も無いから、朝食食べに帰って来たんだけど、フレンチトーストなんて作る気ないぞ。手間だしトースターで焼いたパン食べるつもり」


「今、私は甘いものが食べたい。料理が出来る息子が帰ってきた。なら、フレンチトーストを作るのは息子の義務だ。リアラさんも、ただ焼いたパン食べるより、フレンチトースト食べたいよな?」

 

 母さんが同意を得ようと、リアラに声をかける。


「確かに焼いたパンより、フレンチ……? トーストってやつ食べたい!」


「これで決まりだな」


 ニヤリと口角を上げ、母さんはリビングの方へ歩いて行った。リアラはリアラで、子供みたい──実際子供か。に目を輝かせている。


「私、フレンチトーストって食べた事無いんだ! ユウ、美味しく作ってくれ」


 どうやら、本当に作る事が決まってしまったらしい。なにより、リアラの喜んでいる顔を見て、作る気はない、と言える雰囲気ではない。


 リアラを連れキッチンまで行くと、母さんがフレンチトーストの材料を一通り用意している所だった。


「パンとか置いといたから、後は頼む」


 そう言うと、リビングにある椅子に座りスマホを弄り始める。多分SNSでも確認しているんだろう。


「リアラも椅子に座ってても良いぞ。まぁ、母さんが苦手で一緒にいたくないっていうなら、キッチンにいても良いけどな」


 母さんは見ての通りドライな所があるから、苦手とする人が少なくない。


「全然そんな事無いぞ! 私、自分のから、ユウのママといっぱいお話してくる!」


 リアラはそのまま、母さんがいるリビングまで駆けていった。


 リアラのさっきの言葉……。母親に不幸があったのか、それとも家庭環境に問題があるのかは分からないが、何であれ悲しいな。更に姉まで行方不明となっている今、ああ見えて、結構苦しんでいるのかもしれない。


「……。よし、作るか」


 俺に出来ることは、ほとんど無いが、フレンチトーストぐらいなら、美味しく作る事は出来る。


 まず、卵,牛乳,バニラエッセンス、砂糖を──ってこれ。


「母さん、砂糖じゃなくて塩が置いてあるんだけど!」


 リビングに向かって叫ぶ。しょっぱいフレンチトーストでも作ってほしいのか? 母さんの事だから、素で間違えただけだろうけど。


「あぁ、すまない。どっちも同じ白い粉で分からなかった」


 白い粉って……。砂糖と塩をそんな言い方で言わないで欲しい。


「砂糖は取っ手の付いたデカい瓶で、塩は小さい密閉瓶だから、今度から間違わないようにな」


 母さんに今度があるとは分からないが、一応言っておく。


 塩を砂糖と交換し、ボウルに入れて混ぜる。すると卵液が完成し、それを耐熱皿に移す。耳を取り、半分に切ったパンを卵液にひたし、500wの電子レンジで片面一分温め、ひっくり返しまた温める。本当なら一晩卵液につけないといけないが、電子レンジで温める事で、パンが卵液を吸い取ってくれる。


 フライパンにバターを乗せ,弱火で温めた後、パンを入れ,蓋をして五分間蒸しに焼きにする。焦げ目がついたら,裏返して更に五分。いい具合にに裏面も焦げ目が付いたら完成だ。


 フライパンから取り出し、皿に盛り付ける。


「おい、出来た──」


「んぁあああああああああああああ!?」


 突如、リアラの悲鳴らしき声が聞こえてきた。何かあったのかと思い、出来上がったフレンチトーストを持ちリビングへ向かうと、リアラが母さんに抱きついていた。本当に何があった……? いや、何となく分かった。母さんのについて、リアラが気づいたんだ。あいつ、一番好きな絵師さんとか言ってたし。


「それで、一体どうしたんだ……?」


「おいおいおいおい、ユ、ユウぅぅぅぅ! お、お、お前のママ、先生な、なんだけどぉおおおお!!」


 春咲はるさき那由なゆ。母さんが仕事で使っている、いわゆるペンネームだ。ゲーム会社所属のキャラクターデザイナー兼イラストレーターで、ジャンル問わず色々なイラストを描いている。


「そうだな、花咲那由先生だな……。それにしても母さん、珍しいな、自分からイラストレーターって事バラすなんて。俺が小さい頃から口止めすらしてたのに」


 母さんが自分の仕事の事を、他人に言うなんてほとんどない。会社の人を除けば、俺の父さんと、みらいのお母さん、後は、みらいだけのはずだ。


「別にバラしたわけではない。私が投稿していたイラストのエゴサをしていたら、リアラさんが覗いてきたんだ。反応から見るに、私のイラストの事を知っているんだろうな」


「知っている、なんてものじゃない……。大ファンです!! 那由先生がイラストを描いているゲームは全部やっていますし、ラノベの挿絵を担当している作品も全部読破しています! そこからラノベも読むようになりました! あと、ちょっとえっちぃ薄い本も……」


 すごい早口な上に、あのリアラが敬語を使っている……。でもちょっと最後が声が小さくなったな。気持ちは分からんでもない。母さんの描く同人誌はけっこうエグいからな。


 それを聞いた母さんの反応はと言うと。


「そうか」


 の一言である。


 だけど、内心すごい嬉しいに決まっている。だって、無表情の顔がほんの少し緩んでるから。


「祐、フレンチトーストは出来たんだろう? 食べようか。それからリアラさんが良ければだが、朝食の後、ここにある私の仕事部屋を見学するか?」


「良いんですか!?」


「あぁ。それと別に敬語じゃなくても構わない。さっきみたいに砕けた感じの方が、私も楽だ」


「そうか、分かった。那由先生の仕事部屋楽しみだな!」


 どうやら、あの部屋──仕事部屋の事を気にする必要がなくなったらしい。これなら、母さんにリアラの事を任せて、仮眠ぐらいは出来そうだ。


 持ってきた、フレンチトーストをテーブルに置き、お茶を人数分用意する。白河みたいに、紅茶が用意出来ればいいんだが、生憎と茶葉も無ければティーバッグすらない。


「ありがとう、祐。いただくよ」


「私も食べる! いただまーす」


 母さんとリアラがフレンチトーストを口に運ぶ。母さんは無表情で、パクパクと食べているのに対し、リアラは「うっっま!」と言いながら、ガツガツと皿の上を空にした。


 素人料理でも、喜んでもらえると作った甲斐があると言うものだ。


 さてと、俺も食べるとしよう。


 ナイフで小さく切り分け、口に入れる。その瞬間、ふわふわ食感とタマゴの濃厚さ、砂糖の甘さが広がり、なんとも病みつきになるような味だなと思った。それでも作るのに手間がかかる為、滅多に作る気は無いけど。


「ユウ! このパンめちゃくちゃ美味いな! なんて言うかすごい甘い!」


「そりゃ、砂糖入れてるからな」


 そう簡潔に答えて、無表情で食べ進めている母さんに話題を振った。


「母さん、さっき修羅場を終えたって言ってたけど、今月納品のイラストは全部描き終えたのか?」


 五月はゴールデンウィークが終わったばかりだ。それなのに、もう描き終わったのだろうか?


「ん? まさか。四月に納品予定のイラストをようやく描き終えたんだ」


「もう、五月だけど……」


「そうだな。今は五月だ」


 とっくに過ぎてるじゃねぇか……。


「もう会社一本で、イラストを描いて行けば良いんじゃないか? そうすれば納期とか破らずに済むだろ」


 イラストレーター花咲那由は、会社だけではなく外部からの依頼も受け持ち、イラストを描いている。しかも、同人活動までこなすハイスペック絵師なのだ。


 正直、身体を壊さないか心配になる。


「私から生き甲斐を奪ってどうする? 会社であろうと外部からだろうと私に依頼をしてくれているんだ。時間を掛けてでも最高の絵に仕上げるさ。それに、多少の遅れは許容してもらっている」


「さすが那由先生! イラストレーターの鏡だな!」


 横から尊敬の眼差しで、リアラが相槌を打ってくるが、期限を守れていない時点で、鏡でもなんでも無い気がするのは俺だけか?


「今のままでも問題無いって言うなら、俺から言う事はないけど。あまりクライアントに迷惑かけるなよ」


「分かっている」


 しばらくして、俺と母さんもフレンチトーストを食べ終わり、三人分の食器をシンクに持っていく。


「リアラ、母さんの仕事部屋見に行くんだろ? その間、俺は少し仮眠を取るから、七時ぐらいに起こしてくれ」


 今が六時二十分だから、四十分は寝れる。


「おう! 任せろ、そのぐらい余裕だぜ。それじゃ見学してくる!」


 母さんとリアラの後ろ姿を見送り、テーブルに突っ伏す形で仮眠を取った。

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