第6話 マンション

「おーーーー! ここが私の家か! 凄い高いな」


 雑談して歩くと早いものだ。俺達は自分達の家──10階建てのマンションの前に辿り着いていた。


「分かってると思うが、この中にある一室が、リアラの部屋だからな。間違っても、他人の家のドアを開けるなよ」


「わ、わかってるわい! そ、そそんな事、勘違いする奴がいるものか」


 声が震えてるぞ……。一応注意しておいて正解だったな。隣の部屋まで自分のだと主張して、警察を呼ばれる、リアラの姿が目に浮かんだ。


「そういやリアラの部屋って何階だっけ?」


「えぇっと……部屋番号が六〇二だから、六階だな」


「俺より二つ上の階だな。よし行くぞ」


 俺達はマンションのエントランスに入り、そこにあるエレベーターで、六階に向かう。初めてエレベータに乗ったのか、リアラは物珍しそうに目を輝かせていた。


 ポンという音と共にエレベータが開き、六階に着く。部屋の場所は、降りて二つ目の所にある為、すぐにドアの前まで行く事が出来た。


「ここだな。それじゃ案内は、したし俺も帰るわ」


 踵を返し、エレベータまで戻ろうとすると、制服の裾をクイクイと引っ張られる。


「ん?」


「まぁ、そう言うなよ。私の家に上がっていっても、良いんだぞ」


「いえ、結構です」


「んあ!? 私が家に誘ってるんだぞ! 上がっていくのが礼儀ってもんだろ!」


 あのね、一応君も天使とはいえ、女の子なんだから、男をこんな夜遅くに部屋に招くのは、どうかと思う訳ですよ。それにそろそろ眠気が……。


「俺はもう眠いんだ。明日も学校あるし、部屋に戻って寝たいんだよ」


「やだ! やだ! 友達を家に呼ぶのなんて滅多に無いんだから。次いつチャンスが巡ってくるか分からないんだぞ!」


 大袈裟な……。と、思った所で、ゴンっと、壁を殴るような大きな音が響き渡った。その音の発生場所は、リアラの部屋の隣から聞こえた気がした。


 もう二十時近くになるからな。こんな時間に外で大声出してたら、近隣迷惑にもなるか。こいつ、声だけは大きいし。


「分かったから、大声出さないでくれ。周りに迷惑だろ」


「た、確かにな。さっきの音は驚いた……」


 さっきまでの態度は鳴りを潜め、物静かに鍵を取り出し部屋のロックを開けた。


「それじゃ入っていいぞ」


 リアラに続き、俺も部屋の中に入る。やはり同じマンションの中だ。俺の部屋とほぼ同じ間取りだった。2LDKなので、広さもそこそこある。全体的に白い内装で清楚感があり、俺は結構、ここのマンションを気に入っている。


 電気を付けリビングまで来たが、当然の如く家具はほとんど無かった。


「ここが、現界での私の家か! 天宙界にある私の家の方が広いな」


「お前どんな家に住んでたんだよ……。ここもまぁまぁ広いぞ」


「デカい屋敷に、お世話係の二人で住んでたからな。あっちはあっちで広くて良かったんだが、ここも悪くない。狭すぎず広すぎない感じがとても良い。さてと、色々配置するかな」


 そう言って取り出したのはお馴染み、手のひらサイズの箱──多次元収納ボックス。


「とりあえずリビングには、テレビとソファーと後、テーブルだな」


 箱を開け、何かが飛び出す。すると、さっきまで何もなかったリビングに、大きめのテレビとベージュ色のソファー、その間にはテーブルが並んでいた。しかも家具を動かした音が一切しない為、お隣にも迷惑はかからないだろう。


「持ち運びだけじゃなくて、引っ越しにも便利だな。その箱」

 

「だろ。便利すぎて、手から離せないぐらいだ」


 その後リビングを離れ、部屋全体を見て回った。その都度、日常生活に必要な物を置いていく。


「簡単だけど、家具の配置もやったし、一緒にゲームでもするか」


「やるわけないだろ」


「え〜。やろうぜ。せっかく家に来て、部屋の中歩いて帰るだけじゃ、つまらないだろ」


「明日も学校あるんだし、もうゲームやってる時間ねぇよ。それに俺はもう眠いの」

 

「眠気なんて、ゲームをやって吹き飛ばせ!」


 リアラがこちらに向けて、ゲーム機のコントローラを向けてくる。気がづいたら、すでにゲーム機がテレビに繋がれ、ゲームのタイトルが映っていた。某人気の格闘ゲームだ。俺もやった事はある。

 

 いつ準備したんだよ、まったく。


「それとも、負けるのが嫌なのか?」


 ニヒルな笑みでこちらを、見つめている。


 フッ。そんな挑発で、俺がやるとでも? そこまで子供じゃないんだがな。


 と思っていた時期が、さっきまではありました。頭では挑発なんかに乗るものかと、理解はしているんだが、身体が言う事を聞かない。俺は知らずのうちに、リアラが向けていたコントローラーを握っていた。


「バカ言え。軽く捻ってやるよ」


「私を舐めるなよ。何せ最強だからな。っと、その前に遮音材置かないと……。盛り上がって声を上げちゃうかもしれないからな」


 多次元収納ボックスから黒い四角いシートを数枚取り出して、壁に貼り付けていく。

 さっきの隣人の壁ドンが、結構心に効いたんだろうな……。


 そうして遮音材を貼り終え、俺とリアラの対戦が始まった。


 最初は調子良く、リアラが操作するキャラのHPを削っていったんだ。だけど七割ぐらい削ったところで──。


「ユウ、お前の動きは完璧に見切った!」


 その言葉と共に、俺が繰り出す攻撃は回避とガードにより全て防がれ、一方的に殴られる始末。さっきまでの優勢はどこにいったのか、軽く二本取られ、俺の2P画面にはYOU LOSEの文字が掲げれていた。


「嘘だろ……」


「だから言ったろ? 私を舐めるなと!」


 優越感を感じる態度でバシバシと、俺の肩を全力で叩いてくる。かなり痛いが、それよりもリアラに負けた事がショックで、数秒放心してしまった。


 俺だってそこまで、このゲームをやり込んでいる訳ではないが、それでも母さんや父さんと良くやっていた。それなのに……。


「お前強すぎだろ……。最初のは何だったんだよ。動きが別物に変わったんだが」


「パターンを読んでたんだ。どのタイミングで、攻撃を繰り出すのか、ガードをしてくるのかをな。ユウはかなりワンパターンだったから、読みやすかったぜ」


「くっ……。正直、ここまで差があるとは思わなかった。この一戦が終わったら、今度こそ帰ろうと思っていたんだが、気が変わった。勝つまでやってやる。リアラ相手に、負けたままっていうのは、俺のプライドが許さん」


「少しだけ、私の事ディスってないか!?」


         ※※※


 一体、何戦ぐらいやっただろうか。途中から無意識で、コントローラーを動かしていた気がする。そんな状態の俺を呼び覚ましてくれたのは、窓から入ってくる一筋の日差し。結局、ひたすらリアラと、ゲームに没頭していたという訳だ。だけど、それだけ対戦しても、リアラに敗北という二文字を与える事は出来なかった……。


「いやぁ。完全勝利いただいたわ。またの挑戦をお待ちしています」


 腕を上げ、伸びの姿勢を取っているリアラ。長時間休まずにゲームをやっていたからな、身体が疲れたんだろう。

 ガラ空きになっている横腹に、チョップでも食らわせたいが、負け惜しみみたいに見えるので止めておく。


「朝までやっちゃったな……。しかも一勝も出来なかったし」

 

 呆然と、起こった真実が口から漏れ出てしまった。


 すると、横から、ぐぅ……という音が響いてくる。リアラの腹の虫が鳴ったんだ。そういえば、ゲームに夢中で昨日の夜から何も食べていないな、俺達。


「腹減ったな……。ユウ、何か買ってきてくれ」


「嫌だよ。てか、あの冷蔵庫には、何も入ってないのか?」


 部屋を回っている時、配置した家具の一つだ。夏も近づいてきているし、冷蔵庫が多次元収納ボックスの中に入ってあって良かった。姉を探し出す前に、リアラが食中毒で倒れるという事は、無さそうで何より。


「それはそうだろ。いつボックスから、取り出せるか分からなかったからな。腐ってもあれだし中身は全部抜いてきた」


「確かにそうだ。リアラにそんな事を考える頭があった事に、俺は感動したよ」


「私の事バカにしすぎだろ! まぁ、その事を進言してくれたのは、私のお世話係なんだけどな……」


 目を逸らしつつ、リアラは答えた。やっぱりリアラが考えた訳では無いらしい。納得。


「はぁ……。分かった。今日だけ朝食作ってやる。作ると言っても、食パン焼くぐらいだけどな。文句言うなよ」


「ありがてえ。ユウって私の事バカにする事もあるけど、なんだかんだ優しいよな。ツンデレか?」 


「誰がツンデレだ……。とりあえず俺の家に行くぞ」


「ちょっと待ってくれ! 流石にシャワーだけは浴びさせてくれ。なに、数分で戻ってくる」


 俺の返事を待たず、リアラは脱衣所に駆け出す。別に数分と言わず、湯を張ってゆっくり入っていても良いのに。学校までの時間は、まだまだある訳だしな。と、考えていると脱衣所に向かったリアラが、顔だけをひょっこりと出していた。なんだ?


「覗くなよ?」


「覗くかよ!」


 俺の返答を聞いて、満足そうに脱衣所に入って行く。こういうシチュエーションは、とやりたかったよ。


 それから数分。シャワーを浴びてきたリアラが戻って来た。服装はさっきまで着ていた制服だが、長い金髪からはシャンプーのいい匂いが漂って来て、頬は紅く上気している。ロリコン──リアラ様親衛隊とやらが見たら、卒倒するんではないかと思うぐらいは、少し色っぽかった。俺には全然響かないがな。


「待たせたな。さぁ、今度はユウの家に向かおうか!」


「本当に数分で戻って来たな。もうちょっと掛かると思っていたんだけど、女の子なんだしメイクとかもあるだろ?」


「んあ? 私はメイクなんかした事ないぞ。化粧なんかしなくても、私は綺麗だからな!」


 無い胸を張り、自信満々に答えるリアラ。綺麗と言うより、可愛い寄りな気がするが。


「そんな事より、早く行こうぜ。お腹減りすぎて限界だ」

 

「そうだな。俺も腹減ったし、行くか。時間があれば仮眠も取りたいし」


 リアラの家を出て、二階下──つまり四階にある俺の家、四〇六号室に向かう。


 扉の前に立ち、鍵を差し込み回すと……。


「あれ? 開いてる」


 何故か扉は開いていた。家を出る前にちゃんと閉めた気がしていたんだが、もしかして、忘れてしまったのかもしれないな。昨日はみらいに呼び出されて、朝早かったし。さすがに不用心過ぎるから、気をつけないと。


「とりあえず、入ってくれ。くれぐれも、部屋の探索をしようなんて思うなよ」


「そんな事言われるまで、探索しようなんて、考えてなかったわ! ちゃんと、じっとしてるって」


 リアラは心外だ! って言う感じにぶんすか怒っている。


 あの部屋を見られると色々とめんどそうだし、リアラを見張ってなきゃいけないから、もしかして仮眠してる時間ないか?


 と、考えながら扉を開けると、玄関には見知った女性がそこにはいた。

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