第13話後半
午前11時30分。
ライブの会場の売場には、見にきた人が押し寄せては引いていた。
その中で、凛也はそこで頭にかけている、サングラスに手をかけた。
体の神経の奥にある、《アレキサンドライト》の青緑オーラが、細く震える。
通常の能力者は、体の周囲にオーラを発生させる。
神経の方は繊細で難しいが、能力者に気がつかれない。
サングラスをかけると、輪郭が揺れて、姿が変わった。まるで魔法のように変身した。
帽子に青色のシャツワンピース姿で、年齢は13と14歳の少女だ。
この人物は、明美という名前だ。
心湖と陽愛の友達で、今日は妹の雪柰ともにここにきている。
妹の鞄の仕掛けた盗聴器越しに聞いて、把握した情報だ。
明美という人物は、雪柰ーー妹ともにグッズ売場に行き。
心湖と陽愛は、6階で喫茶店に行く予定だ。
念入りにしたのは、作戦のためだけじゃない。
本当の目的は心湖だ。
陽愛まで喫茶店に行ってしまったら、面倒だ。
なので、ライブの会場を出口に出る2人に声をかけた。
「どうしたの。明美」
陽愛がとろんとした瞳で、振り返った。
いつもと変わらないが、誰もそう思うことに、凛也にはわかってしまった。
場慣れしていない疲れが、彼女の顔に出ている。
「陽愛が少し疲れているみたいで、ほっておけなくて」
明美をコピーするように、完璧な口調をなぞった。
「え? そうなの」
心湖は口に手を置き、陽愛も息を呑み込んだ。
「なんてね。名探偵の真似だよ」
凛也は帽子に手を当てて、舌を出す。
明美の癖すら、既に頭の中に入っている。
「もうまたぁ。目黒探偵の真似して」
心湖は頬を膨らましながら、腰に手を置く。
「で、何のよう?」
陽愛は胸を撫でおろし、尋ねる。
「ゲーセンーにアンナのぬいぐるみがあるの。陽愛に取ってほしくて」
ピンク色のスマホを取り出し、見せびらかす。
念入りにオーラで、偽装している。
ちなみに、アンナは目黒の相棒だ。
「私には……難しい……」
「あたしだって、同じだよ。ねぇお願い」
凛也は陽愛の手のひらを自分の手を納め、うるうるした目で見つめる。
(……はやく、うなずけよ)
心臓がうるさいほど、激しく鳴っている。
こんな感情になったのは、生まれて初めてだった。
妹によって女には慣れているつもりだったが、陽愛だけは違うみたいだ。
あまり感情が高ぶったら、変身が解ける。
正体がばれたら、陽愛に殴られてしまうだろう。
「私が……」
「……やってみる。取れなくても、怒らないで」
ようやく陽愛はうなずいた。心湖の声を遮ってくれた。
(ナイスだぞ。心湖はお節介すぎなんだよ)
「怒らないよ。お金渡すね」
凛也は手を離して、慌ただしく財布を取り出した。
明美の財布を模して、お札を取り出す。忘れずにオーラを込めた。
「……いってくる」
陽愛は財布に納めて、去る。
「私もグッズ買いに帰るね」
凛也は後ろを向く。
「じゃあね。明美」
心湖が出口に向かう瞬間ーー
凛也は振り返り、心湖の首筋に手刀をした。
(わりぃな)
軽い衝撃とともに、心湖は崩れる体を受け止め、心の中で謝った。
屋上に運び、心湖を床に寝かせる。
オーラを研ぎ澄ませて、かばんの中に、“妙な気配”が残っているのに気づいた。
昨日に紙に込められたさくらんぼの香りの
ヨーヨーにオーラを込め、その気配の塊を粉々に砕いた。
壁にもたれ、荒い息を吐き出す。
このまま倒れ込みたいという欲望にかられる。
だけど、時間を許してくれない。
はやくしないと、陽翔が犯人を連れてくる。
この状態を見れば、陽翔は裏切れられたと思うかもしれない。
(信じてくれる気はするけどな。あいつなら。結希翔さえ、お礼を言って虜にしたしな。
ほんとどこかのバカと同じだな)
苦笑しながら、凛也は心湖の体を抱え、屋上の扉に手を伸ばした瞬間ーー
「凛也……!」
低くて、明るい声が嫌ぐらい響いた。
一瞬で、陽翔だとわかった。オーラで感じ取れた。
凛也の時間が停止したように、硬直した。
☆☆☆
ーーそれよりも、時間は少し遡る。
俺は永琉と交代して、休憩用のベンチに座っていた。
仮面に記録した永琉のオーラにかけて、陽愛に変身していた。
変身はネックレスのオーラじゃ使えないので、入れ替わった。
俺のオーラで使って、永琉は出ている状態だ。
それは肉体ではなく、《アザレアコア》にオーラを溜めたものだ。
ネックレス越しに永琉の瞳が流れ込み、俺は心の中で、永琉の様子を見守る。
昼のざわめきは気にしていれないほど、心臓の音はうるさかった。
それを撃ち破ったのはーー
痩せ細って髭を生やした男が近づいてきた音だった。
(……昨日ぶりだな)
「茶髪の女がきてないのか」
男が、目の焦点があっていない。操り人形ような光で、訊いてくる。
おそらく、心湖のことだろう。
「あなたがくるから、心湖に待ってほしいって言われたの」
永琉はスカートのポケットからスマホを取り出し、証拠を出そうとした。
もちろん、スマホも証拠も、紙とオーラで作った“嘘の記録”だ。
男はズボンのポケットに手を突っ込み、きらりと光るナイフだった。
殺傷力のあるナイフを迷いなく、振り下ろしてきた。
(まさか、人の前で堂々と斬りかかってくるとは思ってなかった……)
永琉は少しも焦らなかった。
《ブラックダイヤモンド》を瞳に輝かせ、一歩踏み込むように手を伸ばす。
ぴんぴんと、同じ色のオーラに反応し、糸がひとりでに走り出した。
周囲に張っておいた黒い線が、蜘蛛の巣のように、男の行く手を塞ぐ。
(あれ? 透明の糸じゃなくて、黒い糸なんだ……目の錯覚か)
永琉も戸惑う。
けれど、一瞬で表情が締まり、目の前の脅威に意識を戻していた。
「こっち」
永琉はひらりと身を翻し、男を挑発するように手を振った。
エレベーターの7階の方に、走り出す。
「待ち上がれ!」
男は怒り狂ったように叫ぶ。
振り返ると、男は糸をーーうねうねするように、抜け出していた。
気味が悪いほど、自然な動きだった。
糸を操ったのか。
速くて、何もわからなかった。
永琉は次々と糸を張って、男の速度を削ぎ、エスカレーターを急いで駆け上がる。
やっと屋上の手前までたどり着くと、音がした。
凛也かもしれない。
何かドンともたれかかれる音と、荒い息がした音が響いた瞬間。
胸が一気に跳ねた。ただごとじゃない。
『永琉、入れ替わってくれ』
永琉は《アザレアコア》に手をかけて、意識を沈め込んだ。
視界が切り替わり、心の中にいた俺は、永琉の体と入れ替わった。
階段を急いで上がると、
心湖を抱きかかえ、屋上の扉に伸ばす凛也の姿だった。
今にも崩れそうな足取りだった。
「凛也……!」
思わず声が漏れた。
息が締まり、胸の奥が高鳴った。
これは怒りでも、恐怖でもない。
説明できない感情が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。
ーーどういう状況なんだ……!?
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