第13話
午前9時。
俺は診療所の前で、凛也が車を持ってくるのを待っていた。
昨夜は疲れがたまっていたが、よく眠れたみたいだ。
シャロッティに起こされ、空菜と響に仲間だと紹介してもらい、一緒に朝食を摂った。
「何をしているんだ」
後ろから、影のような声がした。
振り返ると、結希翔が立っていた。
「凛也を待っていて……」
昨日、最悪な形で別れて、話しづらかった。
朝食でも、結希翔を見かけなかった。
「そうか。俺も一緒に行かせてもらっていいか」
「どこに……?」
「デパートだ」
陽愛を助けるために、作戦に協力するからきたのか。それとも、別の予定があるのか。
前者なら凛也が話してくると思い、後者を尋ねた。
「そこに何か用事があるのか」
結希翔は無言で頷いた。
それなら、一緒に待った方がよさそうだ。
重い空気が流れ、息をするのも苦しいような沈黙が続く。
この人の前で、永琉たちと話すわけにはいかない。昨日の事態を避けたい。
結希翔に言いたいことがあって、この時間を利用することにした。
「あのさ、俺を助けてくれてありがとうな」
「何のことだ」
疑問で返されてしまった。
昨日のことだから、察してくれるかと思っていたのに。
「凛也にやられそうになった時に、助けてくれたことだ。ちゃんとお礼していないと思って」
「……俺が訊きたいのは、昨日お前を怒らせたのに、お礼を言うことだ」
結希翔は俺の服をつまんで引き寄せ、顔をのぞき込んだ。
睨んでいるのか、戸惑っているのか、見た目だけでは判断がつかない。
確かに、俺にも疑問だった。
怒ったのに、結希翔のことをほっておけなかった。
自分で理解していない感情を言っても、伝わらないだろう。
「結希翔がいなかったら、操った相手の思惑どおり死んでいた。凛也を傷つけた……だから、ありがとうな」
凛也の操った気持ちを聞いた時に、思った想いまま伝えた。
結希翔は手を離し、下を向き、黙りこんだ。
うまく伝わったのか、それとも伝わっていないのか。
思った気持ちを伝えられた。それだけで十分だと納得することにした。
その時、右からエンジンの音が響き、視線を向ける。
凛也が運転する姿が、運転の窓越しに見えた。
車から降りて、結希翔を睨みつけた。
「……何でいるんだ」
「デパートに用事があるんだよ」
結希翔が何も言わないので、代わりに答えた。
凛也は不満そうに眉を寄せ、納得していない表情だった。
「本当の目的はなんだ」
「空菜から頼まれた物を買うだけだ」
結希翔はメモされた用紙を見せた。
凛也は舌打ちをし、渋々に納得をして車に乗る。
「何を怒っているんだ」
「さあな」
結希翔も短く切り捨て、車に乗りこんだ。
この2人と同じ空間にいるぐらいなら、歩いた方がまだましだ。
しかし、陽愛を助けられる時間に間に合わないかもしれない。
仕方なく、俺も車の後ろのドアに手にかけた。
☆☆☆
旭区のデパートの駐車場に停めると、凛也は俺の手を強めに引っ張る。
自動の扉を開くなり、慌ただしく入り口に入った。
雑貨店の店舗に入り、棚の陰に隠れるように身を寄せると、ようやく凛也は俺の手を離した。
「おい、どうしたんだよ」
急に連れてこられたこともあって、思わず不満げに言った。
「あいつの目があったら、やりづらいんだよ」
凛也は苛立った様子で、俺の手を強く握り、俺は首をかしげた。
「結希翔に相談したときに……」
「まさか話したのか」
胸の奥が痛んだ。
手を組むんだから、一言ぐらい声をかけてほしかった。
「何も言ってねぇよ。ただ『仲間を連れていっていいか』って、相談しただけだ。
あいつは俺たちのリーダーだ。仲間を連れていく許可がいるしな」
凛也は雑貨店を離れて、通路の休憩ベンチに勢いよく腰をおろした。
「そうしたら……断れた上にお前を外せって言われてな」
疲れたように息を吐き、背もたれ体を預けた。
「力がないからか」
「さあな」
凛也は靴先で床に軽くこすり、肩を下げる。
短い声の中に言いにくそうで、何か隠しているような感じが伝わってきた。
「シャロがいたら、回復できると思ったのに……力になれずにすまない」
凛也は体を強張せ、強く手を握る。
陽愛を守ろうとしている真剣な気持ちが伝わってきて、胸が詰まる。
「……大丈夫だよ。凛也は作戦通りに動いてくれたらいいよ」
「……わかった。必要なものってあるか」
凛也は握るのをやめて、柔らかに笑い、訊いた。
『糸を買ってほしいな。引き付けるために使うから』
永琉の欲しいものをそのまま凛也に伝える。
「おう」と、凛也は休憩ベンチから立ち上がる。
雑貨店に入り、凛也は糸の棚から無造作に1個を手に取った。
「待ってる間、結希翔と何を話していたんだ」
「昨日のお礼だよ」
凛也は大きなため息をつき、肩を落とした。
「……お前って、結希翔が“いいやつ”だと思ってるだろ。
あいつがついてきた目的だって、買い物じゃねぇのに」
「え?」
嘘をついてまで同行する理由があるのか。
「お前の監視だ。
お前が外せって言ったのも、それが気になってるだろ」
凛也の視線が、俺の首に落ちた。
首にあるものと言えば、チョーカーだ。能力者なら、誰でも身に付けているもので、気になることなんてーー。
シャロッティがきた時に、結希翔が隠したな。
その意味をわからず、凛也の顔を見る。
凛也は言いにくそうに、視線をそらした。これ以上、何も訊かなかった。
俺は凛也と別れて、エスカレーターでデパートの6階に向かった。
これから陽愛を守るための作戦が始まる。
決意を固くすると、足が自然に引き締まり、胸の鼓動が少しずつ速くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます