第12話

「おい、結希翔。

 凛也、目を覚ましていたのか」

 私服姿のシャロッティが中に入ってきて、驚いたように凛也を見る。

 まだ張り詰めた空気がうっすらと残っており、息苦しさを感じた。

「まあな」

 凛也はヨーヨーをローブの懐にしまい、俺に手を伸ばす。

「あいつに殴りにいくなんて、バカだろう」

 苦笑まじりに小言を言いながら、ベッドに腰をかけた。

「何かあったのか……」

 シャロッティは顎の髭を触り、落ち着かない表情で、訊ねる。

 結希翔が去った方を見る横顔は、何かを悟っているようだった。

 

「結希翔自身の問題だ。まあ、俺たちもけりをつけられるなんてもんじゃないけどな」

 凛也はため息まじりに言い、ちらっと俺の方を見る。

 どこか、自分自身に言い聞かせるような響きだった。

「……そうだな」

 シャロッティも納得したように、頷いた。

「陽翔君、変なことに巻き込んで悪かったな」

「……いいえ」

 俺はシャロッティに首を振った。

 結希翔に言われたことは腹が立った。

 悲しげな表情で、誰かにすがっているような瞳をしていた。

 気になって頭から離れない。

 怒りよりも、胸の奧が締め付けるような感覚のほうが強かった。

 懐中時計の白いローブが見せた、泣いている記憶と、どこか重なる。

 ひとりぼっちにさせたくなくて、助けたいと思ってしまった自分に、戸惑っていた。

 

「シャロ、俺が話しておくから……」

 凛也は、気まずそうに扉の方を見ながら言った。

 

「様子を見ておくよ。陽翔君にちゃんと話せよ」

 眉間にしわを寄せ、シャロッティは凛也にあれこれ言うように見る。

「わかってるよ」

 凛也がうんざりした様子で、シャロッティを追い払うように、手を振った。

「はいはい。陽翔君、じゃあな」

 シャロッティは優しく微笑み、部屋を出ていった。

 

「そういえば、渡しておくな」

 凛也はローブの懐から紙を取り出し、投げた。

 ひらりと投げられて、俺の胸元に当たり、掴んだ。

 心湖が渡したあの紙だった。

 凛也と操られて、戦っている時に落としただろう。

「いつの間に拾ったんだ」

 凛也だって、拾う時間がなかったのに。

「細かいことは気にするな。開いてみろよ」

  紙を開くと、『陽愛を助けてください』に戻っていた。

「内容が戻っている……」

「俺の操りが解けたお陰だ。ところで、俺が操られた理屈ってわかってるか」

 俺は頷き、説明する。

「黒猫は凛也のオーラで作られていた。その猫がさくらんぼの香りと【操り】の能力が混ざった紙を持ったせいで、凛也に流れただろう」

 

「そうだな」 

 凛也は両肘を膝に乗せて、頭を下げた。

 髪が落ちて影を作り、唇をゆっくり動かす。

「お前と出会う前に、陽愛の友達が脅される場面を見た。その時から操られてな」

 紙を奪った時じゃなくて、最初から操れていたのか。

 

「耐えられる程度だったが、紙の香りせいで止められなくて」

 声音が低く険しくなり、拳が強く握った。白くなるほど力がこもっていた。操られて、自分自身を許せない気持だった。

 あの時、凛也を止めらなくて悔しかった。永琉が励まされなかったら、この悔しさをずっと抱えたままだった。

 

「脅された真実をばらさないように、無関係なお前に陽愛の友達に渡させた。お前を殺して、俺の心を砕こう……」

 凛也は怒りに耐えられなくて、ベッドに拳を落としそうとした。

 

 俺はしっかりとその手を掴んだ。

 凛也が操られた時に、必死に耐えようとした。

 結希翔に言われた時に、凛也が俺のために言ってくれて、胸の中の少しだけ軽くなった。

 その分を返そうと思った。

「凛也のせいじゃない。操ったやつが悪い。だから……責任に感じなくていいよ」

 凛也の肩がわずかに揺れた。

 

「……お人好しだな」

 凛也はぽつりとつぶやき、柔らかく笑った。

 その笑いは、胸の重さがほんの少し軽くなった気がした。

 

「俺の話はそれぐらいだ。お前が知ってる情報ってあるのか」

「凛也と同じ情報しか知らないよ」

 

「まじかよ。お前の能力で、犯人の瞳の色とか、時間とか分からないのか」

 凛也は立ち上がり、焦ったように肩を揺さぶる。

「陽愛たちがそこに現れなかったら、大丈夫じゃないかな。心湖と約束して、俺に脅すのを変わってもらったし」

「お前の約束に関係なく。明日、雪柰たちとデパートでライブにいくんだ」

 事件に行く理由は、これだった。

 2人が楽しみにしているなら、奪うことできない。

「それに……俺の操りが解けたこともバレてるし。……犯人を止められるチャンスを逃してしまう」

 取り返しがつかなくなったら、駄目だと思い、凛也に未来の内容を話すことにした。

 

 陽愛が殺される話だけはしなかった。凛也だって聞きたくないと判断した。

 

「……そうか。デパートの動物パフェが行われるのは……」

 凛也はスマホを取り出し、調べる。

「あった……12時ごろだ。どうやら、犯人はその時間帯に陽愛を狙うみたいだな」

 見せてくれた画面には、限定で動物パフェをすることが、記載されている。

「後は陽愛に変身するか」

 凛也は考え込むように、無意識に自分の右腕に左手を握った。

『わたしが陽愛さんに、変身するよ。心湖さんが脅されている件も、待ってほしいという証拠を伝えれば、大丈夫だよ』

「……それは」

 永琉を危険に晒すので、納得できない。

「お前の仲間が何か言ったのか」

 凛也は察したように訊いてくる。

 永琉の案を説明すると、彼はしばし黙った後、唇を動かした。

「その作戦でいかないか。事情を知らない2人よりも、まだましだ」

 永琉を囮したくないけど、他に案があるわけじゃない。

 永琉を守られるように腹をくくろう。

「後は……犯人の瞳を対策する手段がないな」

 犯人の青色の瞳を見つめられた時に、塩みたいに分解できなかったことぐらい。

 能力に操られたら、失敗に終わってしまう。

 

「本番でどうにかするしかないか。あいつをどこかに引き付けないと、戦えないことだ」

 

『わたしに任せて罠を張れるよ』

「罠を作って誘き寄せるよ」

「人気がないところっていったら、デパートの屋上だな。そこまで引き付けろ」

「わかった。凛也は陽愛たちを安全なところに逃がしてくれないか」

 凛也はその言葉にうなずく。

 俺も陽愛たちを守るために、本気で戦いたい。

 

「……ごめんな」

 凛也がぼそりと言った。

「操られたことなら、もう気にしてないよ」

「……そうじゃない。犯人の目的のこと……」

 声が小さくて、聞き取れなかった。

「何か言ったのか」

「……何でもない。部屋に案内するよ」

 気になったが、訊かなかった。

「部屋って」

「空き部屋があるんだ。俺も泊まらせてもらってる。シャロなら泊めてくれると思うぜ」

 泊まる場所もお金もない。

「そうさせてもらおう」

「ついてこいよ」

 凛也の後をついていき、部屋を出る。

 2階に上がり、奧を進む。

 ベッドと家具が置いてある、部屋だった。

 空き部屋だから何もないかと思ったけど、しっかりしているな。

「シャロに伝えておくから、じゃあな」

「俺も行くよ」

 せっかく泊めてもらうのに、挨拶したい。

「わりぃけど、俺ひとりで十分だ。シャロも気を遣うしな」

 凛也は苦笑いしながら、言った。

「じゃあ、凛也に任せるよ」

 凛也とシャロッティは仲間だから、話しやすいだろう。

「ちゃんと寝ておけ」

「うん」

 凛也は軽く手を振って去っていく。

 俺はベッドに横になる。

 気がつけば、眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る