6話:血の運命から、陽愛を守る決意(後半)
『そういえば映像じゃ、他に何か言っていたの』
胸元で《アザレアコア》が揺れて、永琉が訊いた。
『アナウンスで、“バニラ&チョコ”。“臆病な君よ勇気出せ”って曲名みたいなことを言っていたから、歌手だと思う』
『本屋に行ったら、どうだ。宣伝するぐらいだし、CDが置いてあるだろう』
レオの言葉に頷き、磨かれた床を歩き出して、本屋に向かった。
案内図を見ながら、音楽の棚を探そうとした。
その隣に、でかでかとポスターが貼ってあって、すぐに見つかった。
2人の女がギターを持って、笑っていた。背中を向かい合わせるように立っている。
『
雪色に光って、《アザレアコア》が動き、ポスターの下を当たった。
確かに書いてあった。
時間は午前10時に行われるようだ。
「この場所じゃないか」
20代の男が横から答えた。
亜麻色の髪から、スプレーの甘い香りが漂っている。
アップバングに固めた前髪が、大人っぽい印象を与えていた。
男は余裕に満ちた表情で笑い、スマホを見せた。
画面には、『旭区のデパート』のことが載っていた。
「ありがとう」
「徒歩だと1時間かかるぜ。バスとかだったら、30分ぐらいかな。ライブでも見に行くのか」
男の顎で差す場所は、ポスターだ。
状況を見れば、誰だって勘違いするだろう。
1時間もかかるなら、交通機関を利用しようか。
何円あるか、確認するために、ズボンのポケットを探った。
財布を持ってなかった。
『永琉、お金って持ってるか』
『ごめんね。家に忘れちゃった』
「どうかしたか?」
「ううん。場所を知りたかっただけ」
男に悟られないように、笑ってみせた。
「あっそ」
男は興味を失って、スマホを手提げに片付けた。
「じゃあ、何のために教えてくれたんだ」
その態度にイラっときて、言った。
「……あいつらがお前を探しているみたいだから声をかけたんだ。妹がうるせしな」
男がため息をつき、左を向いた。
向く先には、心湖と陽愛がいた。
18歳くらいの黒髪の女と一緒に、音楽の棚で探し物をしている様子だった。
恐らく、この男の“妹”のことだろう。
何のために俺を探しているだと思った。
「今のは、
誰かの声が後ろから聞こえてきて、男に注意した。
振り返ると、夜空を溶かすような黒い髪の陽愛が立っていた。
「陽愛の言う通りだな。悪かった」
陽愛に怒られているのに、男は浮足立っていた。
頬がわずかに赤く染め、緩んでいる。
陽愛を恋する男の顔に、怒る気が薄れた。
「言い忘れたけど、
「陽翔だ」
俺は男の手を握り返す。
「もうお兄ちゃん! 見つけたなら言ってよ」
そのとき、黒髪の少女が小走りでやってきて、怒った。
背筋を伸ばした姿勢は美しく、茶道を学んだような立ち居振る舞い。
だがその足取りは、柔道のようにしっかりしていた。
「
話をそらすと、雪菜は眉を曲げて不満そうに言った。
「……そうだね」
「その店に行きたいと思ってました。場所がわからなくて……」
雪柰と凛也の話に、心湖が声を上げる。
「いいよ、案内してやる」
凛也が笑う。
その笑顔の奥に、何かを探るような影を感じた。
「でも、心湖。今日は家でご飯を食べるって、約束したよね」
「少し遅くなるだけだよ。事情を説明すれば、わかってもらえるよ」
心湖は、眉毛を曲げる陽愛の手にそっと手を重ねる。
「わかった。……心湖がそこまで言うなら……」
陽愛は寂しげに、下を向いているような気がした。
心湖が俺を見て、思い出したようにレモンティーをかばんから出して、渡した。
「忘れていました。陽愛がね、陽翔さんに買おうって言ったんです」
気分が悪かったから、買ってきて、俺を探していたことを察した。
受け取りながら、ふと思った。
陽愛を守るなら、近くにいた方がいい。
何で事件が起きる場所に行ったのか、わかるかもしれない。財布がないので、悩んでいた。
「お前も来るか」
凛也が俺の肩を叩き、笑いかける。
その目は笑っておらず、氷のような圧が胸にのしかかった。
「……ホテル代しか持ってなくて……」
適当な嘘をつく。
「仕方ないな。俺がおごってやるよ。さっき詫びだしな」
その手が飲み物を強く握った。
殺気の視線が陽愛の嫉妬だと気がついた。
飲み物くらいで、惚れるわけないだろ。見苦しいぞ。
「陽愛、心配してくれてありがとうな」
俺は陽愛に手を振り、微笑んだ。
凛也の手が緩んだ隙に、飲み物を持って逃げた。
歩きながら、何かが床を打つような音がした。空耳だろう。
陽愛に届いたか、様子を見ると下を向き、心湖が励ますように、肩を叩いていた。
お礼が気に入らなかったのか。
何かを考えようとした瞬間、永琉が話しかけた。
『陽翔君、レモンティーのふたから紙が落ちたよ』
《アザレアコア》が揺れて、床を指した。
紙が落ちていた。
漂う湯気から、爽やかなレモンの香りがした。
レモンティーのふたから、挟まっていたので香りがついただろう。
心湖が渡した時に間違えただろう。
返さないと、しゃがんで紙を拾い上げた。
文字を開いた瞬間、胸の奥がざわついた。
『陽愛を助けてください。こーー』
持った手は怯えるように震えていた。
『こーー』
レモンの液に滲んでしまったインクの跡の場所は何を表しているか、わからない。
頭の奥で、その続きを“誰かが囁く”ように、警告している気がした。
これは、『昔の俺』の記憶が警告を伝えようとしているんだ。
その正体はわからないが、
ズボンのポケットの中で、紙を強く握りしめた。
忘れないように、頭の奥に焼きつける。
「車で行こうぜ」
凛也の声が響き、現実に引き戻された。
みんなが外に向かって動き出し、走り出した。
あの言葉の正体を、絶対に突き止めてやる。
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