第5話 踊る会議 — 前篇
地下のオペレーションルームに設けられた会議スペースは、外界の喧騒から切り離された別世界のようだった。
中央の円卓を囲むように、五人の担当官と室長・古川匠海、そして監察官・木花由依が静かに座る。
壁面の巨大ディスプレイでは、株式会社HAND社長・白石恵のインタビュー映像が流れている。
画面の向こう側で、白石が落ち着いた口調で答えていた。
「Lovelinkは今、主にバーチャルのパートナーを作って相談する用途で利用されています。
次回のバージョンアップではユーザーの分身を生成して、分身同士をお試しで合わせて相性診断が出来るようになります。
今後は、高齢者の会話相手としての活用も想定されています。
今開発中のAgentlinkは、ライフスタイル全般をサポートするシステムになる予定です。」
アナウンサーの声が落ち着きのあるトーンで続く。
「Chatlink・LovelinkとAgentlinkの今後の展望をお聞きしました。色々と楽しみですね。
本日のゲストは株式会社HANDの白石恵さんでした。ありがとうございました。」
映像がフェードアウトし、ビル屋上のライブカメラが写している外の景色に代わり、会議室内にしばしの余韻が残る。
南城ウズメが率直に声を上げる。
「白石さん、カッコイイ!! さすが新進気鋭の女社長!」
嶺岸拓真は笑いを含ませて言う。
「テレビ映え、抜群だよね。」
古川室長は軽く肩をすくめるようにして、しかし柔らかな声音で言った。
「道化のような仕事を頼んで済まなかった。これでさらに普及が進むだろう。」
白石恵は小さく微笑んで答えた。
「いえ、ちょっと楽しかったです。」
古川が表情を切り替え、会議の本題に入る合図を出す。
「さて、本題に入ろう。」
ディスプレイにはLovelinkとChatlinkの利用状況、データ集積率、世論分析グラフが整然と並ぶ。数字の列が、静かに、しかし確かに現在の状況を語っている。
白石恵(アマテラス担当官)が落ち着いた声で切り出す。
「全国でのLovelink普及率は20%。Chatlinkは40%です。Lovelink年齢別ですと、10代20代は50〜60%の普及率になります。
面白いことに30代40代は低いですが、50代は普及が進んでいます。
また都市部の普及は進んでいますが、地方や一部地域で“拒否感”が根強いのも事実です。」
真田幸四郎(オモイカネ担当官)は画面をじっと見つめ、慎重に言葉を継いだ。
「集積データの偏りが問題です。地方の保守層では個人情報への不信が依然として強い。」
由依が、気になる点を端的に指摘する。
「もう一つ、留意すべきデータがあります。Lovelink利用に伴う、いくつかのDV報告です。
クイントシステム(五柱神)の検証でも、DVの傾向が見られます。」
その言葉に、場の空気が少しざわつく。
嶺岸拓真(タヂカラオ担当官)が問い返すように声を上げる。
「へ? AIにDVって……?」
南城ウズメ(アメノウズメ担当官)は短く、眉をひそめる。
「ほんと? こわ……。」
白石は冷静に考えを巡らせ、問いかける。
「インプットが命令口調だったり、怒りを増幅させる学習をしている、とかではないのですか?」
由依は、クイントシステムの判断結果を見せるように言葉を続ける。
「判定では、暴言や、最悪の場合にはスマホの破壊行為まで発生しています。監視カメラにも記録が残っているケースがいくつかありました。」
真田は小さく息を吐くように呟く。
「AIに起因する“暴力的な振る舞い”の報告か……信じがたい話だが、数は無視できない。」
加納隼人(スサノオ担当官)は冷ややかに結論めいた口調で言う。
「所詮は人の集合体だ。一定数、こういう問題を起こす人間がいる。
むしろ、これを洗い出す材料にできないか。あぶり出しだ。」
古川は静かに頷き、しかし仕事の線引きを強調する。
「状況は理解した。対策と今後の推移を、次回会議までにまとめてくれ。」
由依は「承知しました」と短く答え、次の視点へと場を切り替える。
真田が画面へ視線を戻し、冷静に言った。
「AIの判断精度は向上しています。ただし、データの質が均一でなければ公平性は担保できません。」
その発言を受け、加納隼人が苛立ちを隠せずに語気を強める。
「公平性? 現実を見ろ。先週、与党議員の娘が“高橋ビル”の抽選に落ちたという話があって、裏から『なんとかしてくれ』と圧力が来た。
こんな調子じゃ、AIの選別システムは形だけだ。」
ウズメはため息を一つ吐く。
「またその話か。『民意の象徴』を自称する人たちほど、影でAIを私物化したがる。
国民に説明がつかなくなる。」
嶺岸は腕を組み、現場目線で警鐘を鳴らす。
「現場の自衛監査チームも同じ見解だ。AIの信頼性を損なうような政治介入は避けるべきだ。」
会議室に一瞬、厚い空気が流れる。誰もが次の一手を計っているようだった。
やがて、古川室長が静かに口を開く。
「……現状分析としては重要な指摘だ。だが、問題はもう一つある。今の内閣の支持率は、AIが試算した最悪モデルの推移線上にある。
このままでは半年も持たない。アマテラスからも警告が来ている。」
その告知に、円卓の顔ぶれの表情がほんのわずかに引き締まる。数字は、いつしか時間軸の重さを持って胸に落ちてくる。
真田は淡々と画面のデータに目を落とす。
「AIが提案する“人口分布補正政策”を実行するしかないのではないでしょうか。」
嶺岸が即座に反応する。
「しかし、あの政策は世論の受けが悪い。総理が動くとは思えない。」
加納がやや語気を強めた。
「“声を上げてる連中”が民意じゃない。本当の中道層は、何も言わない多数派だ。
SNSで騒ぐ一部が過激だから、それが“世論”に見えるだけだ。
実際の保守層の支持率を見てみろよ。」
会議はさらに議論を重ねようとしていたそのとき、会議室のドアが静かに開く音を立てた。
扉の向こうから、官房長官・後藤貴一が入室する。
柔らかい笑みを浮かべ、落ち着いた足取りで部屋の中央へと進むその姿は、場の緊張を一瞬だけ別の色に変えた。
次回 踊る会議 — 幕間
《会議の1時間前》
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