第11話

ピロン♪


カッターの刃を、手首に当てた、その時。

静寂を切り裂いて、スマホが鳴った。


見ると、蒼からのLINE。


**蒼:今まで本当にありがとう。**

**蒼:君は、幸せになって。**


そのメッセージの下に、一枚の写真が添付されていた。

私たちが、初めて「本物のデート」をした、公園の写真。

夕焼けに染まるベンチが、ポツンと写っている。


心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

嫌な予感が、背筋を駆け上る。


違う。

これは、ただの別れの挨拶じゃない。


私は、震える手で、蒼に電話をかけた。

出ない。

もう一度。

出ない。

何度かけても、彼が出ることはなかった。


「……っ、蒼くん……!」


コートを羽織るのも忘れて、アパートを飛び出す。

裸足のまま、階段を駆け下りる。

冷たいアスファルトが、足の裏を刺す。


走れ。

走れ、私。

間に合え。


お願い、神様。

もしいるなら。

彼を、連れていかないで。


息が切れる。

肺が痛い。

でも、足を止めるわけにはいかない。


彼の自宅マンションが見えてきた。

そのエントランスの前に、パトカーの、赤いランプが見える。


嘘だ。

嘘だ、嘘だ、嘘だ。


人だかりができていて、みんなが、上を見上げている。

私も、つられるように、空を見上げた。


マンションの、屋上の、その縁に。

見慣れた、白いシャツが見えた気がした。


「……あ……」


声が、出ない。

その場に、へなへなと膝から崩れ落ちる。


やめて。

やめて、蒼くん。


叫ぼうとしても、喉がひきつって、音にならない。

私のせいだ。

私が、彼を、あそこに追い詰めたんだ。


お願い、だから。


その願いは、届かなかった。


誰かの、悲鳴が聞こえた。

世界が、スローモーションになる。


白いシャツが、ゆっくりと、宙を舞った。

まるで、傷ついた鳥が、力なく落ちていくように。


ドンッ、と。

地面が揺れるような、鈍い音がした。


私の世界から、完全に、色が消えた。

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