第24話 死霊魔術師の流儀⑥
突如現れた魔女は、自分の周りに魔力で編まれた剣を展開し、ワイバーンに向けて放ち続けた。
「死霊魔術に引きずられて、おまけにドラゴンの近縁種のワイバーンがいる。《竜狩り伝説》の魔女が狙うのも当然だね」
ネクリが冷静に状況を整理した。
ワイバーンは反撃しようと身を翻すが、次々に放たれる剣に強く弾かれ、のけぞる。そしてそのまま押され続け、ついには巨剣に
巨剣には魔法封じの力がある。標本のように巨剣に縫い付けられた骨だけのワイバーンは次第に薄れていき、鱗だけになってぽとりと落ちていった。
「ちょっとまずいね」
ネクリは、飛来する剣をかわしながら言った。
「ねえ、わたしたちのことも狙ってない?」
ドラゴンを狙うならまだしも。
「七百年前の魂だよ? もうまともな形を残してない。死霊魔術は魂がどれだけちゃんと残っているかに左右されるんだ。あたしが呼んでいるのも、最近死んだ子たちだけ。あの魔女にはあたしの声が届いてないから、まさに暴走状態ってわけ。やっぱりどれだけ取り繕おうとも、死霊魔術はこうなんだね……」
「これは事故じゃん! ノイ、ネクリさんも守って!」
「やめて。これはあたしが招いた結果。魔女が眠る森で、不必要な死霊魔術を使ったから起きたこと。それに、今はレース中だよ」
「そんなこと言ってる場合?」
「これが魔女のレースなんだよ。中断しないってことがそれを示してる」
ネクリが袖から取り出したのは、大きめの羽根。
「鳥はもう切らしたんじゃ?」
確か、そう言っていたはず。
「ああ、あれ嘘」
「嘘なのね……」
これが魔女の戦い……!
ネクリが羽根を放り投げると、それはこれまでと違う猛禽類の死霊となってネクリの先を飛ぶ。鳥は導き手として機能し、ネクリは速度を上げた。
「剣を避けるのが最優先だけど、隙があれば容赦なくこの子で攻撃するから」
あくまで自分は敵だと、そう言っている。逆に言えば、余計な気遣いをするな、と。
三人は魔女の攻撃を避けながら、レースを続行した。
度々飛んでくる剣は直線的な軌道を描き、大きく避ければ当たることはない。だが巨剣のそばを通り、飛行速度が落ちたときはヒヤヒヤする場面があった。
「あの魔女、いつまで追いかけてくるの?」
「死霊は魂と魔力が合わさったもの。巨剣の力で魔力の力が弱まり続ければ、いずれは消えるはず」
「言われてみれば、あのワイバーンも……」
骨のワイバーンがそうであったように、あの魔女もまた巨剣の魔法封じで消える。
すでに巨剣の力場を数度通過している。振り向くと、魔女の身体は初めのときよりも薄くなり、透けて見える。
都合よく、第二チェックポイントからゴールまでの区画は、巨剣が多く突き立っている。このまま行けば、消えてくれそうだ。
だが、気に掛けるべきはそれだけではない。
「勝ちたいだろうに、こんなあたしを庇ってくれた。君はいい魔女だよ。でも、勝ちは譲らないよ」
魔女が巨剣の力場にいる間に、ネクリは死霊鳥で襲い掛かってくる。
ノイが《魔障壁》で防ぐも、これまでの死霊鳥と違って霧散しない。この死霊鳥も巨剣の魔法封じによって少しずつ弱っているとはいえ、それでも力を残している。
飛来した剣を避けるために、互いに距離が離れた。
「聞いたよ。君、非公式だけど最速記録持ってるらしいね」
「自慢です」
「でもそれは、単純なホウキ飛行魔法の話。ほかの魔法を併せれば、そのくらい覆るって教えてあげる。あの魔女が消えたら、シンプルな飛行勝負をしよう」
背後の魔女は、かなり薄れてきている。
「負けても言い訳しないでね」
「君に勝てないようなら、どうせエレノアにも勝てないからね」
「失礼なー」
飛んできた剣を、ノイの《魔障壁》が防いだ。
「あの魔女が消えれば、もう僕の役目はないんだね? なら、後のことは考えずに防げるよ」
「ありがと。実は避けるの、ちょっと疲れるんだよね」
ネクリもまた、死霊鳥で襲い掛かってこなくなった。
決戦へ向け、アカリとネクリは力を温存する。
第二チェックポイントからゴールまで、残すところ半分。剣が飛んでくる頻度が目に見えて落ちている。巨剣の魔力封じに加え、魔法で剣を作って飛ばしているのだ。力の温存とは程遠い。
彼女はもう消える。おそらく、次の巨剣の力場に入れば。
「そろそろだね」
「負けないから!」
力場を抜け二人は、態勢を整えた。アカリはホウキ飛行に集中し、ネクリは先を飛ぶ死霊鳥を見据える。
「僕はゆっくりついていくよ」
ノイがそう言った瞬間、背後に感じていた圧が消えた。
二人は一気に加速する。
ゴールまではそう長くはない。かなり疲れてはいるけど、全速力で飛び続けても、ギリギリ魔力は切れないと思う。
これでも最速だ。ネクリは死霊鳥が作った魔力の流れに乗って飛んでいるが、それでも限界がある。アカリは、ちらりとネクリの方を見た。思ったより引き離せていない。
最後に召喚した鳥は、かなり飛ぶのが速いようだ。次第に輪郭がぼやけてきているとはいえ、あれが最後まで残っているとまずい。
巨剣の力場をいくつも越え、互いに疲弊していく。
ついにゴールはすぐそこにまで迫ってきていた。
一度は引き離し続けていたものの、やはり疲れから速度が落ち、徐々に距離を詰められていた。
ギリギリ勝てるかどうか。
そしてゴール目前。それは聞こえた。
『思い出して!』
背後から、聞きなれない声。そして、何かが風を切る音。
「危ない!」
状況が理解できず困惑するアカリを、ネクリは突き飛ばした。
剣がネクリの腕を掠り、アカリの顔のすぐ横を通り過ぎる。
アカリはよろめいたがすぐに体勢を立て直し、そのままゴールの光輪をくぐった。
振り向くと、魔法の鎖で拘束されているネクリがいた。
「あー、やっちゃった……」
ネクリはぼやくが、どこか安心もしていた。
* * *
「おめでとう」
どちらの仲間もまだ到着しておらず、二人きり。
アカリの勝利でレースが終わり、ネクリは握手を求めた。
「今度は何もしないよ。ただの、握手」
アカリが握手に応じないことに、ネクリは笑った。
だがアカリは、ネクリを怪しんで応じなかったわけではない。勝利に酔っているわけでもない。ただ、悲痛な顔をしていた。
「わたしを庇って……」
「庇わなくても、どうせ負けてたよ。実は意識が飛びかけてたし」
「そうじゃなくて、怪我」
深くはないが、ネクリの腕からは一筋の血が流れている。
「余計なことに気を遣う子だね、君は。このくらいどうってことないよ」
ネクリはポケットから小さな容器を取り出し、中の軟膏を傷口に塗った。
出血が収まったのを見て、ようやくアカリは顔を上げた。
「ネクリさんも聞いたよね、最後の声……。思い出して、って」
「ああ、あれね。あまり気にしなくていいんじゃない? もう正気じゃなかったんだ。あたしたちのことも、ドラゴンにでも見えてたんだろうし」
確かに気にしすぎなのかもしれない。
一方で、意識にはっきりとのぼってこないような違和感が、どんどん積もっていく感覚があった。
「君はすごいね。まさか負けるとは思わなかった」
「ネクリさんこそ」
「最後に呼んだ鳥、あの子は世界一速い鳥だったんだよ。それに飛行魔法だけで勝てるなんて。ただの速さ勝負なら、エレノアに勝てたっておかしくない」
「そうかな、えへへ……」
照れていると、ネクリは微笑み、そして踵を返した。
「それじゃあ、敗者は去るとするよ」
「あの、ひとつだけ頼んでいい?」
去ろうとするネクリを、アカリは急いで呼び止めた。
「この羽根で、魂を呼び降ろせる?」
振り向くネクリに、アカリは首に掛けた羽根飾りを見せた。
「会いたいんだね?」
「うん」
羽根飾りを受け取ったネクリは、何かの感触を確かめるように目を閉じた。すると、羽根が仄かに光を帯びた。
「来てくれるよ」
光は次第に強くなっていき、ネクリの魔力と混ざり合って渡り鳥の姿となった。
再び翼を得た渡り鳥は、アカリのことなど見向きもせず空に飛び立っていった。
「あら、飛んでいった……。今の子は?」
ネクリは申し訳なさそうに尋ねたが、アカリの顔は晴れやかだった。
「怪我して、飛べなくなってた子。うちで世話してあげてたんだけど、結局、怪我が治らなくて最期まで飛べなかったんだ。でも、これで飛べた」
空からぽとりと落ちてきた羽根飾りを、アカリはキャッチする。
「ありがとう、ネクリさん」
涙目で感謝するアカリから、ネクリは急いで顔を背けた。
「こっちこそ、ありがとう」
その声は、微かに震えていた。
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