第23話 死霊魔術師の流儀⑤

 相手はネクリただ一人。こちらは三人健在。一人一人の力量が相手と同じならば、圧倒的に有利だ。だが、実力はあちらの方がかなり上。


 三対一でも油断ならない。一人でも欠ければ、かなり厳しい戦いになる。


「すまん、魔力切れだわ」


 疲れた顔のフレアがふらふらと高度を下げていき、森の中へ消えていった。


「これで二対一!」


 アカリは言い放った。二対一はまずい。


 一方でネクリは、顔色ひとつ変えずに攻勢に出る。


「これで思いっ切り飛ばせてあげられる」


 並走するネクリは、制服の上着のボタンを外し始めた。上着は風ではためき、その裏にあるものが露わになる。


 大量の羽根だ。まるで鳥の翼のように、上着の裏一面に羽根が張り付いている。言うまでもなく、死霊召喚の媒体だ。


「《飛べ》」


 飛行魔法を唱えるように、ネクリは鳥の魂を呼び降ろす。上着から羽根が次々に舞い、それらすべてが死霊と魔力を纏い、鳥の形となった。死霊鳥は翼を広げ、風を切り、ネクリに従うように飛んでいる。


「全然、二対一でもなかった」


 二対多。


 ネクリが杖を振ると、死霊鳥がアカリたちに襲い掛かった。しかも普通の襲い方ではなく、衝突事故を思わせる体当りを仕掛けてくる。


 ノイは残った三機のシールドドローンをフル活用し、鳥の襲撃を防いでいく。だがそれも限界があり、ドローンが展開する《魔障壁シールド》の隙間を縫って、一羽がアカリに衝突した。


「いッ……!」


 痛くて言葉にならなかった。魔力で形作られた鳥なのに、肉の身体を持っているように重たい。思わずホウキから振り落とされそうになった。


「わたしも反撃するしかないか……!」


 高速で突っ込んでくる鳥を相手に、《魔弾バレット》のゼロ距離射撃を試みる。ぶつかってきた死霊鳥が霧散したのを見るに、耐久力はそれほどでもない。


 ノイの《魔障壁》は広範囲だが、完璧ではない。だからこそ、言わずともノイはアカリが撃ちやすいように壁に隙間を作る。襲撃の密度が高い面は《魔障壁》で防ぎ、隙間ができてしまっても一羽ずつしか通さない。


 作戦は功を奏し、かいくぐってきた鳥のほとんどは撃ち落とせて、ぶつかったのは数匹だけ。


「いてて……。でも、特訓した甲斐があった。目が追いついてる」


 だがバードストライクは途切れることがない。一体いつまで続くのか。ネクリの上着からは、まだ羽根が舞っている。


 改めて思う。ネクリは優れた魔女だ。なのに……。


「なんでルール違反すれすれなことまでするの?」


 レース前に仕込まれた死霊鳥は、断続的に前方から向かってくる。鳥の死霊を落としながら、アカリは問うた。


「これが死霊魔術師ネクロマンサーのやり方なんだよ。裏でコソコソ、汚い手」


「そんなにすごいのに……」


「そ、そうでしょ? すごいでしょ? ……でもね、貶されるんだ」


 ネクリは一瞬だけ緩ませた顔に、すぐさま怒りを滲ませた。


「誇れる力があるのに、それを貶される気持ちなんて分からないでしょ?」


 そんなことない。そう言いたかったが、軽々しく言える言葉ではなかった。


「死霊魔術は死者を冒涜する魔法だって言われるけど、そんなことはない。術者の声に応じてくれなきゃ、魂は召喚できないから。歴史的に汚れ仕事ばっかり引き受けてたのも、そうだよ。表できらきら輝く魔女がやらない仕事を、代わりにやってただけ。それなのに、なんなのこの扱い」


 恨みからか、人見知りでおどおどしていたネクリが饒舌になった。


「なら、わたしがそれ以上に褒めるよ! すごいすごいすごい、すごーいッ!」


 鳥の大群が羽ばたいているのに、束の間、静かになった気がした。


「……もしかして、煽ってる?」


「あれー! 本心なのに!」


 ショック。こんなにすごい魔女が貶されていいわけがないと思ったからなのに。


「こっちの学校でレースに参加するのも、あたしたちを蔑ろにする魔法界の面目を潰すためだよ。ソプロシュ黒魔術学校には、そんな子がたくさんいる」


 ソプロシュは「黒魔術」と呼ばれる魔法体系を中心に教える学校だ。死霊魔術だったり、呪具の扱いだったり。フォルティ魔女学校が落ちこぼれの受け皿になっているように、もしかすると、ソプロシュは力を貶される者の受け皿として創設されたのかもしれない。


「ちょっと前までは、こんな魔法のせいで嫌な思いをしてるんだって思ってた。そんな扱いが嫌だったから、死霊魔術と離れるためにフォルティに逃げ込んでたんだ。でも、フレアとノイがあたしの死霊魔術を褒めてくれて、自分の気持ちに気づけた。やっぱり誇りなんだ、死霊魔術も、死霊魔術師の汚くて高潔な生き様も。おかしいのは、死霊魔術の方じゃない。だからあたしは、死霊魔術師なりのやり方で戦うんだ」


 思いの丈を聞いて、ノイは元チームメイトを見つめた。


「やりたいことができたって、そういうことだったんだね、ネクリ。でも、僕たちも負けられないよ。アカリ!」


「うん!」


 アカリは一気に距離を詰め、杖を伸ばす。……が、その直前に死霊鳥が遮った。


「今のは、危なかった」


 ネクリの驚いた反応を見るに、死霊鳥が自ら体を張って止めたようだ。


「もっと無理やり近づけば……」


「直接接触だけは気をつけてね。ルール違反で一発アウトだから」


 そう言われたところで、何度挑戦しても全然届かなかった。


 むしろ、死霊鳥から反撃をもらって身体中が痛い。速度を上げて引き離そうにも、魔力で強化された死霊鳥は追いついてくる。


 劣勢のまま、第二チェックポイントを越えた。そこから見えたのは、ゴールを示す光輪。そのあたりで伝説の魔女の一人が力尽きたのか、巨剣がこれまで以上に突き立っており、ゴールのところでぱたりと途絶えている。


 感傷に浸る暇はない。アカリは次に飛来する死霊鳥を見据えようとした。だが、レース前に森に仕込まれていた死霊鳥が飛んでこない。それどころか、ネクリが放つ羽根もついに底をついていた。


 劣勢な状況がひっくり返りつつある。


「正直、舐めてた。ここに来るまでには全員落とすつもりだったんだよ? みんな強いね。こんなことなら、もっと卑怯な手を使えばよかった」


「もー、またそんなこと言って! すごいんだから、ちゃんとした手段で見返してやれば……いや、今のナシ! そういう話じゃないんだよね!」


 余計なことを言いそうになり、というかほとんど言ってしまい、アカリは話を止めた。ネクリは死霊魔術師の生き様を背負って戦っている。


「安心して。ここからは、ちゃんとした手段で二人を倒すよ」


 取り出したのは、大きな鱗。


「奥の手を決勝前に明かすつもりはなかったんだけど、負ければ元も子もないからね。もう鳥もいなくなっちゃったし」


 放り投げられた鱗を中心に、召喚された魂と魔力で身体が編まれていく。


 姿を現わしたそれに、アカリは驚く。骨だけのワイバーンだ。翼膜もないのに、空を飛んでいる。


「存在が強すぎて、生前の完全再現なんてできない。どう? これなら冒涜的って思うでしょ? でも、こんな姿の子だってあたしに協力してくれて――」


「やっぱりすごいよ、ネクリさんは!」


 ネクリの言葉などよそに、その雄大な姿にアカリは目を輝かせていた。


「でもワイバーンなら、逃げ切ったことあるよ!」


 ネクリは怪訝な顔をして、ノイに目で「本当?」と訊いていた。


「本当だよ。すごいって褒めてるのもね。アカリは直情的で馬鹿だからウソなんて吐けない。そんなだから、僕のために《嵐の山》に行ったんだ」


「あれ、いま褒められた? 悪口言われた?」


 それを聞いたネクリは、しばらく言葉が出なかった。


「君たちみたいな魔女が、もっと増えればいいのにね……」


 そう呟いて、顔を引き締める。


「さあ、勝負だよ」


 ネクリの意気込みと同時に、ワイバーンに剣が次々に突き刺さっていく。


「……え?」


「危ない!」


 アカリは急転回し、ネクリに迫る剣を《魔弾》で弾いた。


 剣は遥か後方から飛んできている。そしてそれを飛ばしていたのは、朧げな、消えかけの炎のように揺らめく魔女だった。


「もしかして、伝説の魔女……?」


「あたしの死霊魔術に引きずられたのかも」

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