第25話 餌付けされて情報を吐く姉

 ホウキレース一回戦の翌日、アカリたちはカフェ《リスのお茶会》で一息ついていた。


 レースの翌日は休養日だ。レースはかなりの距離を、魔法の攻防をしながら飛ぶ。肉体的な疲労もさることながら、集中して魔法を使うことによる精神的な疲労も大きい。アカリたちは一回戦の打ち上げも兼ねて、カフェを訪れていた。


 《リスのお茶会》は温かみのある木の内装で、観葉植物の緑も相まって、木漏れ日の下でお茶会をしているような雰囲気だ。


「我々の勝利に、かんぱーい」


「乾杯!」


「お疲れ様」


 グラスが軽快な音を鳴らし、三人は同時にオレンジジュースを飲んだ。


 疲れた身体に酸味が染み込んでいく。


「ぷはーっ!」


 息をつくと、アカリの胸にようやく勝利の実感が湧いてきた。昨日は色々とありすぎた。勝ったことより、ネクリが自分を庇って怪我をしたこと、よみがえった伝説の魔女のことの方が、ずっと頭に居座っていた。


 ネクリの怪我はそれほど酷いものではなかったし、正気でない魔女の残した言葉を考えても仕方がない。


 そのもやもやを、オレンジジュースのツンと来る酸っぱさが流してくれた。


 次に、チョコケーキを一口。


 このカフェのチョコケーキは、ノイの姉アルトの言う通り絶品だ。


 チョコクリームのほろ苦い甘さと、中に挟まっているベリーの甘酸っぱさの波状攻撃には、思わず目を閉じて唸ってしまった。


 そしてアカリはもう一度オレンジジュースを飲み、グラスをテーブルに置いて言った。


「我々には課題があーる!」


「課題がある、じゃねえよ。課題しかねえんだよ」


「僕たちは伊達に落ちこぼれじゃないよ」


 ネガティブ方向な断言。しかし、反論はできぬ。


「ホウキ飛行最速なのに、スピード勝負でギリギリ勝てたんだよね。レースは攻防魔法しか許されてないけど、ネクリさんはそれを飛行に応用してた。同じことをエレノアにされれば、どうなることやら……」


「アタシはペース配分だな。アカリがヘボいのに、アタシがリタイアするのは致命的だろ……」


「僕はまたドローンの改良だね。強度にまだ問題がある……って言っても、明日の決勝戦までに間に合わないだろうけど」


 全員、うーん……と苦い顔。


 勝ったとはいえ、一番重要なのは決勝戦だ。油断せずに反省会。


 話題は自然と、一番手の施しようがあるフレアに。


「フレアって、具体的に何が苦手なの?」


「なんつーか、出力が定まらねえって感じだな。イメージで言うと、お前の《魔弾バレット》が狙ったとこに飛ばねえのと近いかも。思った出力にならねえんだよ」


「もう根本から難しいって感じか」


「だから昨日は、途中でガス欠になったんだよ。エリートにコツでも聞けりゃいいんだけどな」


 解決方法など思いつかない。そもそも、付け焼刃でどうにかなる相手でもないが。


 それなら、相手のことを考えよう。


「エレノアのチームはどんな戦い方するのかな。ノイ、知ってる?」


「まず間違いなく、搦め手はないね。向こうは《ステラ・ウィッチ》となる魔女に相応しい戦い方をするから。これはエレノアだけの話じゃなくて、毎回そうらしいよ」


「自由じゃないなぁ。ネクリさんは卑怯だったけど、魔女としてすごかったよ」


「肝心の魔法は、正直エレノアは分からない。攻め手の姉さんは《魔弾》の使い手だよ」


「わたしと同じじゃん」


「レベルに天地以上の差があるよ。宇宙の果てと果てくらい」


「言いすぎじゃない……?」


 軽いジョークのつもりで言ったのに、フルパワーのカウンターが飛んできた。


「じゃあアカリは、数キロ先のビンに《魔弾》を当てられる?」


「全然言いすぎじゃなかった」


 宇宙の果てと果て以上の差がある。 


 超長距離狙撃とか、どうやって相手をすればいいのか見当もつかない。一方的に攻撃されるだけでは……。


 自分たちに課題がある云々関係なく、相手の技量が高すぎる。


「守り手の人は知ってる?」


「リサンドラのことは知らないから、聞いてみようか。姉さーん?」


「奇遇だな、ノイ」


 ノイの姉、アルトが《リスのお茶会》にちょうど入ってきた。


「あ、一回戦勝利、おめでとうございます」


 タイミングがよすぎて若干の怖さを感じながら、アカリはとりあえずアルトを称えた。


 アルトは隣のテーブルについた。


「そちらも勝てて何よりだ。それで、リサンドラのことだが――」


 普通に会話に交じってくるあたり、聞き耳でも立てていたのでは……?


「私の口からは言えんな。妹とはいえ、今は敵だ」


「姉さん、一口あげるよ。あーん」


「あーん」


 ノイはチョコケーキを一口差し出し、アルトは躊躇なく口にした。


「彼女は、《魔障壁シールド》の使い手……とだけ言っておこう」


「ねえ、お姉さん……ちょろくない?」


 ノイは静かに頷いた。


「どちらも初級魔法を極めてる、って感じなんだね。基本的なものを極めるってことは、クセもなく隙がないってこと。ルセト・ユスティの魔女らしいよ」


 攻め手の極め具合がさっき言われた通りなら、リサンドラの《魔障壁》も相当なものなのだろう。分かってはいたが、手強い。


「それで、フレアと言ったかな? 君の苦手とするところだが――」


 フレアの話まで知っているなら、もう確定だ。絶対に聞き耳を立てていた。しかも卑怯な感じじゃなく、お店に入ろうとしたら知り合いがいて気まずい……みたいなアレだ、多分。


「高い精度の魔法には、集中力が必要だ。君は攻撃魔法を行使するとき、強すぎないように、弱すぎないようにと意識していないかい?」


「そりゃするだろ、攻撃なんだから」


「それが間違いなんだよ。魔法とは、身体の延長にあるもの。余計なことを考えていては、魔法がブレる」


 アルトはこうも続けた。


「生来不得手ということなら……話は変わってくるのかもしれないが。生まれつき魔法のなにがしかが不得手な魔女は、その原因が分かっていないからな。我々のあずかり知らぬ要因が、魔法を阻害している……君の場合は極端なブレとして現れるのかもしれない。マスター、いつものを頼みます」


 そして流れるように注文した。しかも、注文される前から用意していたようで、三種のケーキと紅茶のセットがすぐに運ばれてきた。


「呪いのせいだとか、魔女が必要とされない世になってるからとか、色々言われてますよね」


「そういや魔法雑貨店のばあちゃんに言われたな。アタシみたいな奴は、無理に手を加えない方がいいって……」


 出力を調整する道具を使えば、さらに狙った出力にするのが難しくなるのだろう。それならば、そのままの方がマシだと。


「ンでも、そんなこと教えていいのか? 敵だろ?」


「構わんよ」


「ああ、構わんな。なぜなら、あたしには傷ひとつ付けられないだろうからな」


 今度はリサンドラが入店してきた。


「ねえ、みんなお店の外で待機してんの? エレノアもいたりするの?」


 ドアの方を見てみると、もう誰もいそうにない。


「エレノアは体裁にうるさいからな。ほとんど出歩かないんだよ。外に出たとしても、頼まれて人助けしてるときだな」


 リサンドラが呆れたように言う。《ステラ・ウィッチ》を期待される者として、普段の生活から気をつけているらしい。


「《ステラ・ウィッチ》って、そんなに窮屈なものなの……?」


 封印されしドラゴンが言っていたが、その称号の意味するところは時を経て変わったらしい。今では、色々なものが纏わりついているようだ。


「ステーキランチ、お願い」


 リサンドラはアルトの向かいの席に座り、ステーキを頼んだ。こんなオシャレなカフェで。


「え、そんなもんあるのかよ」


「あるわけないでしょ」


「はーい、いつものねー」


「あるんかい」


 よく見ると、メニューの隅っこに書いてあった。スイーツとドリンクが九割九分を占めるメニューの中で。


「それ頼んどきゃよかった……。でも甘いもん食べた後に、肉はなんか違ぇんだよなぁ……」


「一切れやろうか?」


「わーい」


「もーフレア、餌付けされて余計なこと言わないでね」


 フレアがこちらの情報を吐かないか心配したが、よくよく考えると吐かれて困る情報はなかった。


 戦う相手も交えての打ち上げ。でもなんだかんだ、楽しい打ち上げにはなった。


 アカリは四人の顔を眺め、思いをこぼした。


「今度はエレノアとも一緒に食べたいなぁ」


 倒すべきライバルだと思っていたが、いつの間にか、ここにいてほしいと思うようになっていた。勝手な思いだとは分かっている。でも、エレノアにはもっと自由を感じてほしい。

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