第10話 ちょっとワイバーンぶっちぎってくるね!①
日課となった特訓後、アカリはノイがいる工作室に立ち寄った。
「ノイー、まだいるー?」
工作室とは言うものの、本来この学校にそんなものはない。ノイがあれこれと機材を持ってきて、勝手に自分専用の機械イジリ部屋にしているのだ。要は不法占拠である。
フォルティ魔女学校は自由な校風が売りで、よほどのことがない限りは好き勝手していい。
なので、ノイの工作室は黙認されている。
「なに?」
よく分からない装置に囲まれたノイが、短く返事した。
「ドローンの改良進んでるかなーって」
「毎日催促しなくても、来月のレース本番までには間に合わせるよ」
「催促っていうか……ただ気になってるだけだよ」
距離は縮まっているが、相変わらず壁が一枚ある。眼鏡の奥の瞳は、いつも冷めていた。
その壁を無理に壊そうとは思わないけど、放っておくこともできない。
「何か手伝えることある?」
「ない」
いつもそう言われるが、工作室に来るなとは一度も言われたことがない。
でも、今日は言葉が続いた。
「なんで僕に構うの?」
机上に置かれたシールドドローンを見つめながら、ノイは訊いた。
「なんでって、やりたいことやらせてあげたいから」
「そう言って媚びでも売るつもり?」
「捻くれてるなー」
魔法が上手く扱えない体質のせいで、嫌な思いをしたのかもしれない。
「昨日色々あって自覚したんだけどさ、わたしが諦めたことを、二人とも本気で頑張ってるから、応援したくなるんだよね」
それに対して、ノイは不思議なことを言った。
「でも、少しくらいは貴族に媚を売っておこうって気持ちもあるでしょ」
言葉の意味を理解するまでに、しばらく間があった。
「……え? ノイって貴族なの?」
アカリがそこまで無知だとは思っておらず、しばらく間があった。
「うわ……知られたくない奴に素性知られた……」
「あ、媚を売るってそういうことか!」
貴族に取り入ろうとしていると思われていたらしい。
「ごめん、僕が自惚れてた。貴族だから名が知られてるだろうって」
「ごめん、全然知らなかった」
それはそれで傷つく、とノイは呟いて。
「僕のトリストラント家はね、軍属魔女の名家なんだ」
軍属魔女は、軍事に関わることのできる数少ない魔女だ。その魔女たちは、幼少期から軍人になるための訓練を受けている。それくらいは、アカリでも知っていた。
科学が発展した社会であっても、未だに必要とされる魔女なのだ。
「レースなら攻め手にほしい系だね」
「うん。エレノアのチームに、僕の姉がいる」
「わーお……」
そんなゴリゴリに訓練した魔女が相手だとは。そしてそれでもなお、導き手の座にいるエレノア。
「そんな家系に身を置きながら、僕は落ちこぼれなんだ。僕は体質的に、扱える魔力量が少ない。実際、ホウキ飛行に魔力を割いたら、後はほとんど何もできなくなる」
「だから、このカッコいいやつ使ってるんだよね?」
アカリは、置いてあるシールドドローンを覗き込む。分解されたシールドドローンの中には、基盤と結晶が入っていた。
「
魔導技術。魔法と科学の融合。科学技術を使って、魔法発動工程の一部を補う技術だ。
伝統を重んじる魔女は特に、科学技術を嫌う。それも近年では和らいできたらしいとはいえ、魔法を使うこと自体に機械を介入させるのは、依然として見下されている。
落ちこぼれ魔女の学校であっても、流石にアレには手を出さないと公言している魔女もいるくらいだ。
だがアカリは、その考え方に疑問を抱いていた。
アカリは、ノイの眼鏡をさっと取った。
「いきなり何? 返せ」
ノイは目を細め、アカリに向かって手を伸ばす。
だが距離感が掴めず、その手は空を掴んだ。
「眼鏡と同じじゃん」
アカリは言いながら眼鏡を返すと、ノイからぽこっと叩かれた。
「足りない部分があるから、何かに頼ろうとしてるだけなんだよね? なら、眼鏡と変わらなくない? 魔女だって目が悪くなったら眼鏡かけるんだし、何が悪いのかわたしには分かんないよ」
そう言ってのけるアカリに、ノイは驚きを隠せないでいた。
だがそれも一瞬のことで、すぐさまいつもの冷めた顔になる。
「そういうのとは次元が違うんだよ。能天気なアカリには分からないだけで」
衰えた身体機能を補うのとは違う。魔女としての根幹に関わることだ。
それを容易く眼鏡と同じだと言うアカリに、ノイは反感を覚えた。
「うん、分からない。だから手伝ってほしいことあったら、何でも言ってね」
ノイは内心ムッとして、少し意地悪をしてみようと思った。
「……そこまで言うなら、手伝ってもらうよ。僕が並以上の魔女になるために」
「いいよ、かかってこーい」
意気込むアカリに、ノイは冷えた声で応えた。
「このシールドドローン、ケースにもなってる金属パーツが魔力を増幅させるんだけど、今の材質じゃ効果がそこまで高くないんだ」
「オッケー、それがあればいいんだね!」
「それがあればいい。でもそれは、危険なワイバーンの住む《嵐の山》でしか取れない希少な金属なんだ。アカリは、赤の他人の僕のためにそこまでやって――」
「分かった、《嵐の山》なら聞いたことあるよ。ちょっとワイバーンぶっちぎってくるね!」
アカリは、スマホで《嵐の山》を検索しながら部屋を出て行った。
工作室に静けさが漂う。
「……え、嘘だよね?」
しばらくして出た言葉がこれだった。
「いやいや、いくらなんでもワイバーンが飛び回る場所には行かないか……」
スマホで調べたのなら、その危険性を理解できるはず。まともな人間なら行こうとも思わない。
そう思って自分を落ち着けようとしていると、案の定、部屋のドアが開けられた。
「やっぱり、こうなるよね……」
落ちこぼれの中でも、魔女としてのプライドもなく魔法を科学に頼る魔女。そんな奴を本気で助けようとする人はいない。ましてや無理難題をふっかけたのだ。見限られてもおかしくない。
ノイは悲しさとも安心ともつかぬ気持ちで、机上のドローンから視線を上げた。
だがそこにいたのは、アカリではなくフレアだった。
「なぁノイ、今アカリがリュックとピックハンマー背負って飛んでいったんだけど、何か知らねえか?」
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