第11話 ちょっとワイバーンぶっちぎってくるね!②

「外出届じゃなくて、外泊届の方がよかったかな」


 アカリは《嵐の山》を目指す。


 出発からぶっ飛ばし続けてもう二時間。日が暮れ始め、赤い空が群青色に変わりつつある。


 市街地上空でもなければ、魔女科の警官がいるはずもない。だがアカリは、律儀にも怒られない程度の速度で飛んでいた。それでも時速一〇〇キロはゆうに超えている。


 本気で飛んでいいのは、緊急避難のときくらいだ。


 思いっきり飛んでみたくはあるが、この場合で言うと、ワイバーンに追いかけられなければならない。アカリは、そうならないように祈った。


 スマホで確認すると、《嵐の山》まであと少しだ。


「日付が変わる前には寮に戻りたいけど、流石に考えが甘いよなぁ。でもノイのために……!」


 ノイの悩みが解決するなら、お安い御用だ。


 それにしても、ホウキ飛行の特訓の成果が表れていた。高速での長時間飛行だったが、以前よりは疲れていない。成長を感じる。


 しかし、日はほとんど沈み、空には星が瞬き始めていた。


「あれが北極星か」


 北極星。北の空に浮かぶ、動かない星。古の魔女は、この星を目印にして夜空を駆けていたらしい。


 それにならうならば、北極星に向かっていけば目的地に辿り着ける。


 学校より遥か北。人が立ち入らない広大な森を越え、景色は次第に荒れていく。草木は減り、剥き出しの大地が目立ってきた。


 その先にあるのが――


「あれが……《嵐の山》」


 見えてきたのは、刺々しいシルエットの黒い岩山。


 大結晶のように、放たれる魔力で環境に影響を与えており、遠くからでも音が聞こえるほどの風が吹いている。《嵐の山》とは文字通り、常に悪天候なのだ。


「今は風が強いだけか、ラッキー。大雨と雷が降ってなくて助かったー」


 風が吹いているだけなのは、かなり珍しいらしい。探索をするにはうってつけだ。


 なんだか招かれているような気がして、アカリは気分がよかった。


「超ラッキーなのは、ワイバーンを見ないことかな。活動期じゃない……ってわけじゃないから、ちょっと不安だけど」


 スマホで調べてみるが、ワイバーンの生態についてそういうことは書かれていない。一年中活動しているはず。それでも実際にいない。


「まあいいや。こっから先は風で落とすの怖いから……って以前に電波が入らなくなっちゃったか」


 アカリは圏外マークが出ているスマホをポケットにしまい、風の中に入っていった。


 風は強いが、大結晶ほどじゃない。あの荒れ狂う風の中で訓練していれば、こんな風はそよ風だ。


 風に叩かれながら飛んでしばらく、ようやく《嵐の山》が目前に。


「どこか降りれるとこ……降りれるとこ……」


 アカリは高度を上げ、見回す。


 《嵐の山》はどこもかしこも尖っており、降りられる場所が見当たらない。無理に着地しようとして、風にあおられて鋭利な山肌にぶつかるのは避けたい。


 そう思って根気よく見ていると、一箇所だけ、なだらかな窪みがあるのを見つけた。


「やっぱり、ついてるなぁわたし。選ばれし勇者だ」


 窪みまでひとっ飛び。


 アカリは窪みに着地した。砂利やら何かの骨などはあるが、不自然なまでにならされている。もしかすると、ワイバーンの生活の場だったりするかもしれない。


 ワイバーンは翼竜種に分類され、前足のないドラゴンと言えばイメージしやすい。飛ぶのが得意で、並の魔女なら容易に追いつかれるだろう。


 だが自分は速い。世界最速記録を持つ魔女は、ワイバーンに追いつかれなかったという逸話が残っている。そんな彼女よりも速い魔女の娘なのだ。きっと大丈夫。


 早速、アカリは探索を始めた。


「さーて、急いで見つけなきゃ、お目当ての竜鱗鉱りゅうりんこう!」


 ノイのお目当ての金属は、「竜鱗鉱」という鉱石を製錬して作られるものらしい。


 名前の通り、鱗のような形をしていて、《嵐の山》の表層で採掘されていた……とのことだ。


 日はもう暮れてしまい、星明りだけが空にある。ここには人間の営みによる光がないので、満天の星空だ。だが、それを見ている暇はない。


 アカリはホウキを杖代わりにして歩き、星明りだけでは不安なのでスマホのライトで足元を照らした。


「風も強くなってきたなぁ」


 いつの間にか、風の音が変わっていた。この程度ならまだ飛べるが、本当に嵐になればどうなることやら。


「早く見つけなきゃ」


 そうやってまずは、降りた窪みを探索してみる。足元は安定しているが、かなり広い。


 とりあえずスマホの光で辺りを照らしてみると、変なものを見つけた。


「なんだあれ」


 近づくと、巨大な卵の殻だった。


「いつのだろ、これ。かなり古そうな……」


 分厚い殻の表面はボロボロになっており、だが依然として形を保っている。


 ワイバーンの卵かとも思ったが、《嵐の山》に住むワイバーンは小柄な方らしく、成体でも人間の二倍ほどの大きさ。


 目の前の卵は、その成体がすっぽり入るほどだ。もっと大きな何かの卵。だがそれは、遥か昔に孵化している。


「もしかして、ドラゴン……?」


 ワイバーンよりも大きく、強い存在。


 まじまじと見ていると、スマホの光を照り返すものがあった。


 鱗だ。


 お目当ての竜鱗鉱かとも思ったが、鉱石っぽくない。手に取ってみると、本当に何かの鱗だった。きっと、この卵の主のものだろう。


 その鱗が一片だけ、卵の殻の上に置かれていたのだ。


「なんか、ひとつだけ残されて寂しそうだな。一緒に飛ぶ?」


 そんなこと聞いても、もちろん返事はない。


「オッケー、一緒に飛ぼう!」


 アカリはイマジナリー会話を成立させ、鱗をポケットにしまった。


「今日は運が良かったり、素敵な出会いがあったりで吉日ですなー」


 ウキウキで探索を再開。


 しかし、風は強くなる一方なのに、まっっっっっったく見つからなかった!


 窪みから抜け、急な斜面を探しても、尖った岩肌をくまなく見ても、竜鱗鉱は見つからない。


「やっぱり吉日じゃないかも!」


 アカリは斜面を登りながら叫んだ。


 そもそも竜鱗鉱が採掘された記録は、遥か昔のものだ。今では《嵐の山》に近づく者はおらず、竜鱗鉱は半ば「伝説の鉱石」として知られている。


 探す場所を変えようと思ったそのとき、ごうっと音が聞こえた。


 一際強い風が吹き下りてきたのだ。


「うわっ……とー!」


 アカリはバランスを崩しかけ、ギリギリのところで持ちこたえた。


 だがスマホを取り落としてしまい、それを掴もうとしてバランスを崩した。


「うわわ! まずいかも!」


 足を踏み外し、斜面を滑っていく。


「やっぱり科学文明は悪なのか!」


 スマホのせいにしつつ、アカリは山肌から突き出た大きな棘に当たって止まった。


「いてて……足が切れちゃった」


 じくじくと痛む足を見ると、地面から生えた突起で足を切って血が流れていた。


「ま、いっか。ホウキで飛べば」


 アカリは身を起こすと、目の前の大きな棘に、きらりと光るものがあった。


 スマホのライトを当ててみる。


 竜鱗鉱だった。


「あったああああああああああああ――ッ!」

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