第9話 決闘を申し込んできた上級生に一発お見舞い!②

 生徒代表に《魔弾バレット》を当てたアカリは、妙な手応えにすかさず振り向いた。


「あいたたた……」


 代表は額に手を当てているが、その周囲には氷片が浮いていた。


「そういうことするって知らなかったら、対処できなかったわね」


「まさか、当てられる直前に……?」


「そう。こんなふうにね」


 代表の額の辺りに、小さな氷塊が一瞬にして作られた。


 狙われると分かっていたのか、勘なのか、見てから反応したのか……。


「やっぱり手強いなー」


 悔しいが、魔法がまともに使える魔女ならではの戦い方だ。「自分にできること」の幅広さを自覚している。


「今度はこっちから行くわよ」


 代表の周囲に、いくつもの氷柱つららができていく。


 その氷柱はすべて、アカリを穿たんと先端を向けている。


「安心しなさい。先は尖らせてないから」


 そう言いつつも、嗜虐的な冷たい笑みを浮かべた。


「さては先輩、ドSですね?」


 苦手なタイプだ。


 アカリの言葉に反応するように、氷柱が一本放たれた。


 高速で飛来するそれを、アカリは代表に向かって飛びながら、すれ違いざまに撃ち落とす。


 しかし、氷柱に気を取られた一瞬のうちに、代表は氷柱を続けざまに発射していた。


「うわわわわわッ!」


 流石に攻撃するのを諦めたアカリは、進路を急転させた。


 直線的に飛んでくるのなら、簡単に避けてしまえる。そう思っていたアカリの後ろを、氷柱が追いかけていた。


「追尾機能もあるとか聞いてないんだけどー!」


 真っ直ぐ飛ぶだけでなく、急カーブを織り交ぜたり、アクロバットな飛行もやってみせる。そうやってようやく避けられた。氷柱はいつまでもついてくるわけではなく、ひとつ、またひとつと解けて消えていく。


「守り手が恋しいよー、ノイー」


 ぼやくが、この場にノイがいるはずもなく、決闘なので助けてくれるはずもない。


「やっぱりこれって、並走してないだけで導き手同士の戦いと同じだ」


 自分を守ってくれる者はおらず、自分で相手を攻め落とさなければならない。


「でも、フレアが言ったことを実践すればいいだけ! 隙を作って、速さで攻める!」


 隙を作るか、相手が反応できないほどの速さで接近して、《魔弾》を叩き込めばいい。


 アカリはスピードを上げるために飛び始めた。


 代表もそれに追従しながら、氷柱を飛ばしてくる。


「アカリと言ったわね? あなたは、どうして勝てるはずもないレースに挑むの?」


「勝てるはずもないのに? じゃあ先輩なら勝てるんですか?」


「もちろん、私だって勝てないわ。でもこれは勝ち負けの話じゃなくて、いかに恥をかかないで負けるかの話なのよ」


「じゃあ話は終わりですね。わたしたち三人は、そんな後ろ向きなこと考えて飛んでませんから!」


 避ける度にスピードは落ちるが、それでも距離が離れていくほどのスピードが出始めていた。


 そして十分な距離が取れた途端、アカリは思いっきり急上昇した。あまりにも急速な上昇で、アカリの視界は灰色になっていく。


 限界まで高度を上げたアカリは、くるりと反転してホウキの先を生徒代表に向ける。


 代表は追ってこられず、迎え撃つ態勢に移っていた。


「わたしは、思いっきり飛べればいいんです。体裁なんかどうでもいいです」


 負けることが前提の体裁なんかより、思いっきり飛びたい


 アカリは、重力を味方にして急降下していく。


「でもそれは、独りよがりな単独飛行じゃない」


 初めてレースをしたときは、独りよがりな単独飛行が気持ちよかった。だけど、いつの間にか変わっていた。


 アカリは、飛んでくる氷柱たちを紙一重でかわし、ときには掠って血が飛び散る。


 それでも真っ直ぐに飛んだ。


「まだ付き合いは短いですけど、フレアとノイは、自分が抱えているものと向き合うためにレースに出てる。だからわたしは、そんな二人が安心して前を任せてくれるように、思いっきり飛ぶんです!」


 フレアに、エレノアを超えられると言われたときのことだ。自分は、二人のためにも最速の導き手になると言っていた。ただの最速ではなく、二人のためにも、と。


 いつの間にか、自分の思う「思いっきり飛ぶ」の中に、二人が入り込んでいたのだ。


 自分が思いっきり飛びたいと思うように、二人は何かを為そうとしている。


 自分は飛行魔法以外の魔法が下手だ。でもそれを「落ちこぼれだから」「努力しても無駄だったから」と諦めていた。


 でも仲間の二人は、抱えているものと向き合うのを諦めず、勝負の場に出ようとしている。勝って何かを証明しようとしている。


 諦めない二人が、前を任せてくれている。だから、ここで負けるわけにはいかない。


 そんな思いを抱えて突っ込んでくるアカリに対し、代表は氷の壁を作ることで迎え撃とうとしていた。


「そんな個人の思惑で飛ぶなって言ってんの! 無様に負け続ければ、魔法界からいないもの扱いされるのよ! 私はできる魔女だからいいけど、あなたたちは違う! 科学の発展で魔女は時代遅れだって言われてるのに、魔法界からも弾かれたら居場所なんてなくなるの!」


「知るか、そんなもーんッ!」


 氷壁との距離は瞬く間に縮まっていくが、アカリに避ける素振りはない。


 アカリは《魔弾バレット》と同じ要領で、ホウキの先端に魔力をこめた。


 放たなければ、予測不可能な方向に飛ぶ心配もない。ホウキを魔力の弾として、自分ごと突っ込む。ゼロ距離射撃の応用だ。


 こめられた魔力は光を放ち、ホウキはまるで流星のように輝いている。


 そしてそのまま、堅牢に突っ込んだ。


「だって、わたしの居場所は――ッ!」


 バリィィイイイイイン――ッ!


 砕け散った氷壁が、耳障りな音を立てる。


「あの二人の前だからッ!」


 唖然として動けない代表に向けて、今度こそアカリは《魔弾》を叩き込んだ。


 代表はホウキから弾かれ、落ちていく。


「そこまで! 勝者、アカリ・アマツボシ!」


 宣言が響き、勝敗が決した。




 アカリは落ちていく代表の腕を掴もうとしたが、代表はホウキを魔法で手繰り寄せ、自力でホウキに乗った。


「完敗よ」


 代表の顔には、何か吹っ切れたような穏やかさがあった。


「魔女は星の光ステラを頼りに空を飛ぶ。ステラ・ウィッチは、レースに勝った導き手を星の導きに重ねて贈られる称号よ。最も優れた魔女じゃなくても、あなたみたいに誰かを導きたい魔女がなってもいいかもね」


 代表は手を差し出し、アカリは固く握手した。


 * * *


 その様子を、フレアとノイは遠巻きに眺めていた。


「やっぱ、導き手があいつでよかったわ」


「別に。誰であっても、僕の魔導技術マギテックの役に立てばそれでいい」


「お前もいつまでも意地張るなよ。何もかも認めろとは言わねえが、少しくらい頼ったらどうだ?」


「……考えとく」


 二人はアカリに見つかる前に、飛び去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る