第8話 決闘を申し込んできた上級生に一発お見舞い!①

 魔法訓練を初めて数日、アカリは暴風の真っ只中にいた。


「あー、お肌が乾燥するー」


 アカリは《魔弾バレット》のゼロ距離射撃を練習しつつ、高速飛行の練習も重ねていた。


 しかし、学校でのホウキ飛行の練習は、そこまでスピードを出さない通常飛行しか許されていない。人の多い学校で、レースでぶっ飛ばすほどのスピードを出すのは、危険が伴うからだ。


 レースの練習試合に使った結晶公園も、速すぎれば魔女科の警官に見つかれば怒られる。かといってレースの練習で高速飛行をしたいとの届け出は、やはり危険が伴うので出すのが難しい。


 ならば、とアカリは考えた。


 大結晶が吹かせる強風を真っ向から受けながら飛べばいいじゃない、と。


 荒れ狂う向かい風によって、スピードは出ない。ならば文句はないだろう、と。


「そこの学生さーん、何やってんのー?」


「レースの練習でーす!」


 ただ、こうして度々、魔女科の警官から声を掛けられる。


 警官は強風域の外から続ける。


「不審な魔女がいるって通報があったから、一応ね」


「すみませーん、もうちょっとで降りまーす」


 アカリは髪と胸の羽飾りをバタバタさせながら言った。


 妙案ではあったが、周りを心配させてしまうのが欠点だ。


「スピードが出ないからって、飛行危険地帯をずっと飛び続けるのは褒められたもんじゃないから、ほどほどにね」


 そう言って警官は飛び去っていった。


 スピードが出ないから文句はないだろう、という思惑もお見通しだ。


「いい練習になってるのになあ……」


 向かい風によってスピードは出ていないが、練習の効果はバッチリだという感覚はある。お肌は乾燥するが。


「あと三十分くらいで降りよっかな」


 腕時計で時間を確認する。見るのが腕時計なのは、スマホを落として壊せば母に死ぬほど怒られるからだ(経験済み)。


 吹き荒れる風を受けながら飛ぶのにも、意外と慣れてきた。それ以上に、風が強く当たってくるおかげで、猛スピードで飛んでいる感覚になるのが楽しい。


「ホウキ飛行で暴れてたママの気持ちも分かるよ。分かっちゃいけないけど」


 不良魔女にはなるつもりはない。


 そう心に決めたところ、魔女が風に流されてきた。


「――ッ!」


 何か叫んでいるが、強風に掻き消されている。


 同じフォルティ魔女学校の制服で、なんとなく見たことのある顔だった。氷のような冷たい髪色も、記憶の隅に残っている。


 魔女はそのまま風に流されて行き、大結晶をぐるりと一周回ってまた流されてきた。


「――ッ!」


 相手は必死な形相だ。


「風が気持ちいいですね!」


 何を言っているか分からないが、とりあえず世間話を試みてみる。


 魔女はまた風にさらわれていった。


「もしかして、降りた方がいいのかな」


 前方から疲れた顔の魔女が流されてきたので、アカリは大結晶から離れてみる。


 ゆっくりと速度と高度を落としながら、さっと草地に着地した。


 流され魔女も後を追うように、へろへろとアカリのそばに着地した。


 アカリはその顔を見る。うっすらと覚えている顔だ。確かひとつ上の上級生。


「風に流されるの、お好きなんですか?」


「そんなわけないでしょ!」


 息を切らせながら、上級生は叫んだ。


「あなたに用があって来たの。というか、なんでこんなところを飛んでるのよ!」


「高速飛行の練習したいんですけど、スピード出したら怒られるんで、向かい風でスピード抑えようかなって」


「どうかしてるわ……」


 声も聞き覚えがある。透き通るような声でありながら、しっかりと芯のある声。


「あ、もしかして生徒代表さん!」


 思い出した。


 学校行事のときに、いつも生徒代表として挨拶をしている魔女だ。


 落ちこぼれだらけのフォルティ魔女学校において、数少ないまともな魔女。氷結系魔法を操ると聞いたことがある。


「もしかして、わたしの応援に来てくれたんですか?」


「逆よ、逆!」


「え? わたしが代表さんを応援するんですか?」


「なんでそうなるの!」


 代表は話が通じなくて嘆いた。


「導き手の座を懸けて、決闘よ」


「導き手の座を懸けて……?」


 どういうことなのか、それを説明してくれる者が現れた。


「そういうことだよ、アカリ」


「先生!」


 レースに巻き込んだ張本人が、決闘の立会人をする。どういうこっちゃ。


「言ってなかったけど、ホウキレースの出場枠は奪い合いだから」


「もー、いっつも重要なこと言われてなーい!」


 騙されたり、黙っていられたり。


「まあ、うちの学校にホウキレースに出ようとする奴なんてそうそういないからさ。大丈夫だろって思ってたんだわ。全然大丈夫じゃなかったわ」


「しっかりしてよ、先生……」


 確かに同室の子にも、物好きだとは言われた。


 よくよく考えれば、レース優勝校は毎回同じなのだ。負けることがほぼ確定している。


「あの子が導き手になるからって、私は引き下がってたの。なのに、いつの間にか穴ができてて、その穴にあなたが埋まってる。それが許せないの」


 代表は冷たく言い放つ。「あの子」とは、フレアが言っていた死霊魔術師の子だ。


「ホウキレースは、ステラ・ウィッチを選ぶだけのレースじゃないの。各学校の威信を懸けた戦いなのよ。ただでさえ問題児と異端児が出場するというのに、導き手までも学校代表として相応しくなければ、フォルティ魔女学校の名に泥を塗ることになります」


「最初っから泥まみれなのに……」


「アカリ、先生の前でそれを言うなよ。頑張ってるんだぞ」


 生徒を罠にはめた魔女が言うな。


「だから、あなたに決闘を申し込みます!」


「いいですよ。二人のことまで悪く言うのには、ちょっとカチンときたんで」


 二人は睨み合い、今すぐにでも飛び立って戦い始める緊張感があった。


「んじゃ、この書類に名前記入してね」


 一枚の紙きれがひらひらと、緊張感をぶった切った。


「空気読んでよ、先生……」


 言いつつ、アカリはさらさらっと名前を記入し、代表もそれに続いた。


 書類には、決闘の勝者が導き手の座を手に入れるものとする旨が書かれていた。


「それで、一対一でレースですか?」


 そうであれば、ぶっちぎれる自信がある。


「いや、これは文字通り決闘だから、ホウキで飛びながら相手が落ちるまで戦うんだぞ。まあ、ゴールがないレースだと思えばよろしい」


「めちゃくちゃ不利ー!」


 昔ながらの魔女同士の決闘。もちろん魔法による攻防も含まれる。


「でも、がやっと試せる……!」


 動く相手に、《魔弾》のゼロ距離射撃の実践だ。


 二人はホウキで浮上し、向き合うようにして空中に留まった。二人の距離は、三十メートルほど。


 互いに杖を取り出し、構える。


「それでは……」


 立会人となった先生が、開始の合図を告げる。


「始め!」


 合図と同時に、二人は飛び始めた。


 だが、スピードが圧倒的に違う。


 アカリは一瞬にして代表との距離を詰め、おでこを狙って《魔弾》を放った。


「ちょ、はや――」


「てや!」


 パンッと音が鳴った。


 アカリは、あまりの速さに驚く代表のおでこに《魔弾》を当てたのだ。

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