第7話 編み出せ、奥の手!

「これより、魔法訓練を始める!」


「飛ぶだけじゃダメなのー?」


 放課後、アカリとフレアは学校敷地内の魔法練習場にいた。


 校庭と同じくらい広く、標的にできる土人形がいくつか並んでいる。土人形は魔法で作られており、魔法で吹き飛ばしてしまっても、すぐに元通りになる。


 ちなみに、ノイはシールドドローンの改良のために工作室に籠っている。


「ここ、補習授業思い出してイヤだな~」


 アカリはぼやいた。


 補習授業で何度も訪れている場所だ。つまり、嫌な思い出ばっかり。


「ちゃんと言ったろ、ガチでやるなら話は別だって」


「確かに言ってたけど」


 ガチでやるのだから、仕方ないか。


「導き手の役割をおさらいするぞ。先頭を飛び、魔力の流れを作って仲間が飛びやすくすることだ。だから、一番飛ぶのが上手い奴が任される」


 導き手は自分が適任だと。


 そしてフレアは、伝えていなかったルールを言う。


「それに加えて、守り手と攻め手が落とされたときの場合だ。離脱した奴の役割を引き継ぐ」


「先頭を飛びながら、魔法で攻めたり守ったりするの?」


「そうだ。攻め手が落とされても、攻撃する手段がなくなるわけじゃねえってことだな」


 守り手も然り。一人落とされただけで、一方的な攻防になるわけではないらしい。


「なら一人になったときは?」


「一人で全部やる」


「わーお……」


 三人で役割分担するのと、一人で二役も三役もするのは全然話が違う。


 魔法は、意識を集中しなければ精度を欠く。飛行魔法で言えば、速度が落ちてしまうのだ。


「ステラ・ウィッチには最も優れた魔女がなるって言われてる意味分かったか?」


「え、じゃあわたしダメじゃん! 初級魔法すらおぼつかないもん!」


「だァから猛特訓するって言ってんだよ」


 フレアは目を吊り上げた。


「分かってると思うが、ステラ・ウィッチの称号は導き手にしか与えられねえ」


「え! 優勝チームじゃなくて、優勝チームの導き手だけなの?」


 全然分かってなかった。


「それって喧嘩しちゃわない?」


「それだけの価値がある奴を導き手と認めるんだよ。ロードレースで言や、導き手がエースで、守り手と攻め手がアシストなんだ」


 ロードレースの漫画を読んだことがあるので理解できた。かなり違いはあるが、アシストがエースの勝利のために力を尽くすのは同じだ。


「初級魔法でいい。今のままじゃ、単独飛行になった途端に逃げ回るだけになるぞ」


「《魔弾バレット》と《魔障壁シールド》かぁ」


 どちらも攻防魔法としての基本的な魔法だ。魔力を衝撃波として飛ばす《魔弾》。魔力を壁として展開する《魔障壁》。簡単な魔力操作でできる魔法だ。


「土人形に向かって《魔弾》撃ってみろ」


 フレアは、十メートル先の土人形を指さした。


「結構遠いなあ……」


 レース中も、この程度の距離感になることはあった。これ以上遠いと、魔法が届く前に時間があるため、対処するのに余裕が出てくる。逆に近すぎると、攻撃は当たりやすいが攻められもしやすい。相手が使ってくる魔法に合わせて、いい塩梅の距離を保たなければならないのだ。


 アカリは懐から、魔法用の杖を取り出した。


「んじゃ、撃つよ」


 枝のような杖を構え、魔力を杖の先に凝縮させていく。


 凝縮された魔力は次第に光を放ち始め、指先ほどの光の玉になった。


 それを魔力の「弾」であるとイメージ、飛ばす。


「えいっ!」


 アカリは前方の土人形を狙って《魔弾》を放ち、放たれた《魔弾》はアカリのおでこをしたたかに叩いた。


「あいたッ!」


 よろめき、倒れる。


「お前、ふざけてんのか」


「めちゃくちゃ真面目だよ!」


 天を仰いだまま答えた。おでこが痛い。


「これでも、頑張ってきたんだけどなー」


 昔からこうなのだ。狙い通りに魔法が飛ばない。


「フレアはどうなのさ。昨日はしょぼい火の玉しか出せてなかったでしょ」


「アタシは、出力の調整が下手なんだよ」


 フレアははっきりと言ったが、目を合わせようとはしなかった。


「もしかして、殺さないようにって言ってたの、本気?」


「本気だ」


 フレアは苛立たしげに続けた。


「元々ホウキレースに志願したのも、単なる魔法の練習だったんだ。ホウキ飛行と攻撃魔法を同時に使ってりゃ、いつかは魔法のコントロールに慣れてくるんじゃねえかって。んでも、全然そうはならねえ」


 フレアは言いながら《火炎弾ファイアバレット》を撃ってみるが、少し派手な燃え上がりをしているだけで、土人形を軽く炙る程度の火力しかなかった。


「そうだったんだ……」


 ガサツでいつも強気なフレアだって、悩みはあったのだ。だからこそ、エリート魔女のエレノアに食って掛かったのだろう。


 なんだか、一歩距離が縮まった気がした。


「じゃ、お互い頑張ろうね!」


「お前の場合は本当にどうするかだよ。狙ったところに飛ばねえんなら、《魔障壁》に専念するか?」


「任せて、そっちもボロボロだから!」


 アカリが杖を振ると、壁とも言えないぼんやりとした光の膜がほんの一瞬だけ現れた。ふわ~っと。


「うん、お前は飛べ」


 フレアは諦めた。


「なんか、それはそれでイヤだなぁ!」


「飛ぶだけがいいって言ったのはお前だろ」


「消極的な『飛ぶだけ』はイヤというか、なんというか……」


「わがままだなあ、お前」


 どうしようもない現実に、お互いため息を吐いた。


「なんでわたしたち、魔女なのにこんなに魔法が下手なんだろうね」


 未だに引かないおでこの痛みが、お前には才能がないぞと叫んでいる。


「ノイの奴も、体質的に上手くいかねえらしいしな」


「下手くそばっかりだねえ、うちの学校は」


 そういう魔女の受け皿となっているのが、我がフォルティ魔女学校なのだ。


「やっぱり落ちこぼれは、死ぬほど頑張るしかないんだね」


 アカリは再び、土人形に向かった《魔弾》を放った。


 今度はフレアのおでこに当たった。


「お前、アタシの本気の練習に付き合いたいらしいな」


 おでこを赤くしたフレアがアカリを睨みつける。


「わざとじゃないんだって!」


 アカリは謝り倒した。


 だが地に伏せて謝ろうとしたそのとき、アカリの脳内に電流が走る。


「待って、いいこと考えた!」


 得意げなアカリは、そこら辺に置いてあった飛行練習用のホウキを手に取った。


「魔法が狙ったところに飛ばないならさ」


 ホウキに跨り、軽く浮上した。


「こうすればいいんじゃない?」


 アカリは土人形に向かって飛んだ。そこまでスピードは出さず、全力で走るのより速い程度で。


 そして土人形とすれ違うその瞬間、アカリは《魔弾》を放った。


 数ミリの距離で放たれた《魔弾》は、変な方向に飛ぶ間もなく、土人形の表面を弾けさせた。


「ね? ゼロ距離射撃! これなら飛ばす向きとか関係なくない?」


 狙ったところに飛ばないなら、ゼロ距離で撃てばいいじゃない。


 フレアはしばらく唖然として……。


「高速で移動しながらゼロ距離射撃とか、普通の魔女じゃできねえぞ……」


「あれ、ほんと? なんかできたんだけど」


「不得意分野を得意分野でねじ伏せる、か。アタシじゃ真似できねえな」


 フレアも何度か試してみるが、タイミングがずれたり、距離の目測が甘かったりと上手くいかなかった。


「お前の飛行技術、どうかしてるわ。ったく、お前といると退屈しねえわ」


「天才と呼んでくれたまえ」


「そんな近くまで寄れば、相手の攻撃の餌食になるってことを考えねえならな」


「あれー、いい案だと思ったんだけどなー」

 天才とはいかなかった。


「いや、いい案だ。相手が対処できねえ隙を作るのと、一瞬で距離を詰める速さがありゃいいだけだからな。ま、それが難しいんだけどよ」


「速さかぁ。練習すればエレノアに勝てるのかな」


 不安がるアカリに、フレアは自信満々に言った。


「導き手としてトレーニングしてたエレノアと違って、お前は昨日まで全速力で飛んだことなかったんだろ? それであの程度の差しかなかったんだ。余裕だろ」


「……そうだよね!」


 パッと笑顔になったアカリは、ホウキを頭上高く掲げた。


「じゃあ、二人のためにも、最速の導き手になるね!」

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