第6話 二番手たちの導きの星

 寮に帰ってから、アカリはずっと悶えていた。


 初レースで敵をぶっちぎり、現世代最優の魔女に多分実力を認められ、そして何より思いっきり空を飛ぶ気持ちよさを知った。


「んおおおおおおおおおおおッ!」


 アカリは枕に顔をうずめ、言葉にならない気持ちを叫んだ。


「もう寝なー」


 同室の魔女が呆れて言う。


 それもそのはず、そろそろ日付が変わりそうな時間のことだった。


「ごめんごめん、心が飛びたがっててさ」


「調子乗ってるなー」


 アカリのキメ顔ウィンクは、辛辣な言葉によって跳ね返された。


「にしても物好きだねー、ホウキレースに参加するなんて。しかもチームメイトはあの二人」


「案外いい奴だったよ。ちょっとアレなだけで」


「そのアレさに合わせられるのが、アカリのすごいところだよね」


「まあね」


「褒めてないからねー」


 そこでアカリは、大事なことに気づいた。


「ちょっと電話していい? 親に報告しないと。バイトのこととかあるし」


「いいよー」


 了承を得たアカリは、毛布をかぶってビデオ通話を掛ける。


 すると十秒もしないうちに、水晶ディスプレイに両親が映った。


『こんな時間にどうしたの?』


『何か問題でもあったのか?』


 二人とも眠そうだったが、深夜に娘から電話がきて心配な面持ちをしていた。


「いや、ちょっと報告があってさ……」


『男か?』


『男ね』


 父の顔が険しくなり、母の顔がニヤニヤになった。


「違うって! これからちょっとの間、家の手伝いできなくなるかも」


 実家は、「サムライベーカリー」というパン屋だ。


 学校は全寮制だが、空を飛びたいので、門限まで配達のバイトをしている。


『やりたいことが見つかったのね?』


「ホウキレースに出ることになった」


『だめよ、危ないわ』


 予想はしていたが、即答された。


「それは昔の話だって。ママの若い頃はまだそういうイメージがあったのかもしれないけど」


『ママの若い頃が、もう昔の話って言いたいの?』


 話があらぬ方向に脱線しようとしてた。


「あーもーめんどくさいなー。パパからも言ってよ」


『あなたからも言ってあげて』


『パパ、サムライだからよく分かんない』


 娘と妻に詰められ、侍は逃げた。


 精悍な顔つきを、怯える小型犬のようにしてみせている。


『いっつもそうやって逃げる。サムライの誉(ほまれ)はないの?』


 父は遥か東国で名うての侍だったらしいが、今ではその手でパン生地をこねている。たまに今でも魔獣狩りに駆り出されてはいるが。


 ちなみに母は元ヤン。ホウキで空を暴走していたらしい。いわゆる暴翔ぼうしょう族。


『ホウキレースって、アカリが思ってるよりわよ』


「…………」

 アカリは口をつぐんだ。


 正直なところ、与えられる称号が意味するところをあまり知らない。


 エレノアは、魔法界を背負って飛んでいると言った。一方で自分は、飛びたいという気持ちしか胸にない。


『それでもやりたいのね?』


 それでも……。


「飛びたい。それだけの気持ちだけど、わたし飛びたい」


 真剣な眼差しを向ける。


 母と無言で見つめ合い続け……揺るがない覚悟に母が根負けした。


『じゃあ、精一杯やってみなさい。少しでも燃えるものを感じたんなら、飛び込んでみないと後悔するしね。ママがパパと出会ったのも――』


「惚気話はいらないでーす」


 暴翔族と侍が出会った経緯を知りたくはあったが、今はいい。


『若い頃を思い出すわ。空を飛ぶのって、最高に気持ちいいわよね。ママ、非公式だけど世界最速記録を破ってるのよ』


「やっぱりあんたの遺伝子かい!」


 ほとんどの魔法はてんでダメなのに、ホウキ飛行だけは得意な理由を知った。


『わたしの娘なら、きっとやれるわ』


『応援してるぞ、アカリ』


「うん、頑張る」


 報告を終えて、電話を切る。


 毛布から顔を出すと、向かいのベッドから話しかけられた。


「ルセト・ユスティの子と競うんでしょ?」


「うん、超速い魔女がいた」


「ホウキレースは今回で百回目だけど、例外なくあの学校が勝ってるね」


「スーパーエリート校め……」


 ずるでもしてるんじゃない? と思いかけたが、そう思ったら負けだ。


「レースに勝って、《ステラ・ウィッチ》の称号を与えられた魔女の活躍、すごいよ」


 スマホで調べて……。


「海を覆いつくすほど大量に発生した魔獣を一人で討伐したり、降ってきた隕石を消し飛ばしたり」


「でたらめじゃん!」


 能力が桁違いすぎる。


 むしろ、その最有力候補者にホウキ飛行だけでも認められた自分もすごい。


「ステラ・ウィッチになる魔女が、どういうことを期待されてるか、分かった?」


「飛びたいだけじゃ、ダメなのかなあ……」


「いいんじゃない? むしろそんなアカリが勝つことこそ、うちらの希望だよ」


 のんびりした声で言うので、いまいち本気で言っているか分からない。


「知ってる? 魔法界のトップたちは、レースに勝てるルセト・ユスティ以外の学校は全部二番手だって思ってるんだよ」


「二番手なら、上々じゃない?」


「平等にダメってこと。一位以外は意味がないんだって。魔法界が衰退してるから、優秀な魔女しか魔女だと認めてないんだよ」


「腹立つなー」


 エレノアはそんなもののために頑張っているのか。なおさら負けるわけにはいかない。


 とはいえ、自分たちが魔法界の足を引っ張っている自覚もある。


「まあ実際、うちはこんなだからねー?」


 部屋の外が、にわかに騒がしくなった。


「ヘビが逃げたぁあああああああッ!」


「魔法が暴発しちゃったあああああああああッ!」


 アカリは頭を抱えるしかなかった。


「昔より多いらしいよ、魔法が上手くない魔女。魔女としての自覚が薄くなってるからなのかねー」


 科学が発展し、昔より魔女は必要とされなくなった。魔女としての自覚を持てと言われても、難しいのが現状だ。


「ねえ、わたしがレースで勝てるか占ってよ。占い得意でしょ? わたし、絶対ステラ・ウィッチになってるから」


「ほならば、占ってしんぜよう」


 そう言って、ベッドに潜りこんだまま、ごそごそと水晶玉を取り出した。


 寝ころんだまま水晶玉に手をかざし、なにやら呪文を唱えている。適当にやっているようにしか見えないが、多分ちゃんとやっている。


「何が映ってる?」


 アカリが目を輝かせて聞くと、うーんと唸ってから、言いにくそうに言った。


「エレノアに負けて泣いてる。ステラ・ウィッチって、二番手でもなれたっけ?」


「ぐぬぬぅ!」


「まあ、占いなんてこんなもんさ。悪い結果が出れば、そうならないように頑張る。未来なんてものはね、結構変えられるものなんだよ」


「だよね!」


「すーぐ調子乗る」


 今度は呆れ顔ではなく、柔らかい笑みだった。


「じゃ、未来を変えるために英気を養いますかね」


 アカリは上機嫌で目をつむる。そして数秒後には、寝息を立てていた。


 その寝顔を見て、占いの魔女は再び水晶玉を目を向ける。そこに映っているのは、負けているアカリだけではなかった。


「一筋の光も映ってる。……まあ、これは言わなくてもいいか。どうせ調子に乗るだろうし」


 水晶玉に映る未来をふっと消し、もう聞こえていないアカリに声を掛ける。


「うちら二番手の導きとなってね、アカリ」

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