第5話 ルーカの望み

 闇の精霊を呼び出すことで国家転覆を謀った男達の名前は、地の一族によって1人残らず調べられていた。その人数も多かったが、中には大物の貴族もいたようだ。

 ルーカは内乱を未然に防いだ功績を、皆の前で国王に褒め讃えられた。


「褒美に一つ、お前が欲しいものを何でも与えよう」

と告げた国王にルーカが口にしたのは、

「それでは、セシリア・ファルネーゼを私の婚約者に」と言う言葉だった。


 思いがけない要求に貴族達がどよめく。

(ルーカ様!?)

 勿論、セシリアと婚約中のグイドはそれに黙っていなかった。


「国王陛下、既にセシリアは私と婚約中の身です!」

 というグイドの声に、ルーカが呆れたように答える。


「グイド。彼女一人守りきれずに婚約者顔か。セシリアがいなくなった時、僕は地の魔法で彼女の足跡を浮かび上がらせた。王都の広場に不審な形跡が残っていたよ」


 ルーカはグイドを睨みつける。


「王立図書館の方に向かおうとする彼女の足跡が、お前と出会って方向を変えていた。推測するに、僕に相談しに行こうとしたセシリアをお前が止めたんだろう。なら、セシリアの生命を危険に晒した責任はお前にもある」


 ぐぅ、とグイドが唇を噛み締める。

「それでも彼女と婚約したのは私が先。私に優先される権利があるはずです!」

 グイドは必死に国王に言い募る。


「何を勘違いしてるか知らないけど」

 ルーカの琥珀色の瞳がゆらりと鋭くなる。

 グイドは怯んだように後ずさる。

「彼女と出会ったのも好きになったのも僕の方が先だよ」


 ルーカの主張を聞き、「ふむ」と国王は頷く。

「セシリアが居なくなった時、火の男爵は狼狽するばかりで何も手を打てなかった。どうやらもう少し精進が必要だなグイド・クレメンティ。地の公爵ルーカ・アルジェント、そなたの願いを叶えよう」


「そ、そんな……」と絶望するグイドの横で、「格別のご配慮、痛み入ります」とルーカは優雅な礼を取った。

 国王は皆の前に立ち、大きな声で告げた。


「ディアマンテ国王の名の下に、グイド・クレメンティとセシリア・ファルネーゼの婚約を正式に破棄し、ルーカ・アルジェント並びにセシリア・ファルネーゼの婚約を宣言する!」



   ☆☆☆



 王立図書館。窓際の席に、セシリアとルーカは並んで座っていた。

 最近の二人は斜向かいではなく隣に座る。


「え? 『闇の精霊』事件の首謀者達の動きを、ずっと前から掴んでたんですか!?」

 セシリアは小声で叫んだ。

 ルーカは人差し指を『しー』というように口元に持っていく。


「泳がせてたんだ」

「どうしてです?」

「小さな騒動より大きな騒動を防いだ方が、陛下にワガママを言いやすい」

 サラッと。

 ルーカはいつもの静かな表情で、穏やかな声で言った。


「つまり……功績を上げるために、ルーカ様はわざと事が大きくなるのを待って解決したということでしょうか」


(なんたる腹黒公爵)

 セシリアはつい内心ぼやいた。

(しかしそこが良い)

 自分もだいぶ狂っている。


「必要な計算だよ。元々、君との婚約を僕が望むだけでは、身分を理由に周りに反対される未来が見えていた。だから陛下に頼む必要があった。でもグイドが君に惚れたのは計算外。少し焦った。君が標的になるとは思わなかったけど、あのタイミングで敵が動いてくれて良かった」


 あの男達はルーカの手のひらの上で踊らされていたのだ。

 ルーカはそこで、「でも」とセシリアを見つめた。

「僕にも分からない点がまだ残ってる」

「分からない点?」

 ルーカの琥珀色の瞳に熱が宿る。


「僕は君が好きだ。君は?」

 セシリアはルーカの問いかけに真っ赤になってしまう。

「……ず……」

「ず?」


 セシリアは勇気を振り絞って言い切った。

「ずっと前から、ルーカ様のことが好きでした……!!」

(生まれる前から好きでした)

 ルーカはふっと、眩しいものでも見るように目を細めて微笑んだ。

「よくできました」



   ☆☆☆


 

 セシリアと四大貴族達の努力で、聖樹は無事に成長し、花を咲かせた。ディアマンテ王国は今、精霊の恵みに溢れている。

 数年後、ディアマンテ国王の懐刀と呼ばれるようになった地の公爵ルーカと『聖樹の乙女』セシリアは、結婚後も王立図書館に足繁く通っていた。

 何度も季節が過ぎ去った後。

 公爵夫妻の傍らで、白銀の髪を持つ子供達が取り憑かれたように絵本を貪り読んでいる姿が、王立図書館の司書に目撃されるようになったと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る