第4話 儀式

 ぶつぶつと響く声に、セシリアは目を開けた。

 薄暗い。

(ここは……え、これは何!?)


 椅子に座らされ、縄で縛られていることに気付いてセシリアはパニックに陥った。

 アリーチェを探しに王都の中を歩いていた時、狭い路地で誰かに後ろから羽交締めにされた所までは覚えている。


(拉致されたんだ)

 一体ここはどこなのか。少しひんやりとした、湿り気のある室内。どこかの地下室だろうか?

 よく見れば、セシリアの足元には大きな魔法陣のような光る紋様がある。


(この紋様、見たことがある)

 セシリアの頭の中で、王立図書館で読んだ一冊の本のページがパラパラとめくられる。まるで今その本が目の前にあるかのように。



[ディアマンテ王国精霊史・近現代

 四大精霊に守られてきたディアマンテ王国だが、現代では四大精霊以外の精霊の発見が相次いでいる。しかし特定の人間達を愛し、その恵みを与える四大精霊と違い、近年発見された精霊達の中には、人間達に特別な力を与える代わりに、その対価となる物や生命を要求する者達がいる。彼らとの交渉には次の様な魔法陣が使われる(安全のため紋様を一部改変)]


 足元の光る紋様は、そのページの最後にあった魔法陣によく似ている。

(これは、対価が必要な新しい精霊の)


「目覚めたか、『聖樹の乙女』セシリアよ」

「誰!?」


 周りをよく見ると、何十人ものローブ姿の人間達が足元の紋様を囲うように立っている。その中の1人の人間がセシリアに近寄る。フードを深く被っているせいで、顔が見えない。


 声からして歳をとった男のようだった。

 その男の手に握られたギラリと光る物に気付いた時、セシリアの背中に悪寒が走った。


 男が握っているのは、刃渡りの長いナイフだ。


 周囲のローブの人間達は、皆ブツブツと小声で何事かを呟き出す。呪文のようだった。

「眠っていた方が楽だったかもしれないな……私怨は無いが、お前には我々の精霊様のために死んでもらう」


 鳥肌が立つ。

 セシリアの身体は恐怖にガクガクと震えだした。

(怖い。殺される。嫌だ、嫌だ嫌だ!!)

 助けを呼びたいのに声が出せない。


 男はニヤリと、歪な笑みを浮かべた。

「闇の精霊よ、いま『聖樹の乙女』の生き血を与えん。我々の声に応え、顕現せよ!」


(誰か!)

 男がナイフを大きく後ろに振りかぶる。


「“一つ”」

 新たな声がその場に響き、男は驚いたようにナイフを取り落とした。

 カシャン!と、石の床に硬質な音がする。


「“『闇の精霊』を他言すべからず”」

「だ、誰だ!」

 男は慌てて、床に落ちたナイフを拾おうとした。

 セシリアを囲っている男達は、何故か「動けない」と動揺している。


「“一つ”」

 言いながら薄暗い部屋に現れたのは、光が人間の形を取ったような、白銀の髪と琥珀色の瞳を持つ青年だった。

「“『闇の精霊』と共に国家転覆を必ずやり遂げるべし”」


(ルーカ様……!?)

 男はナイフを握ろうとするが、何故かナイフは床に磁石のようにくっついてしまっている。男は意地になってナイフを引っ張る。


「これはあまり知られていないことですが、『重力操作魔法』は地の精霊の専門なんですよ、インザーギ卿。そのナイフは今、人間が持てる重さじゃありません」


 ルーカは淡々と言う。

 男は名前を呼ばれたことに焦ったのか、ナイフを取ることを諦めて逃げようとした。

「う、動けない!」


 どうやらローブの男達には全員、重力操作の魔法がかけられてしまったようだった。皆、床から自分の足を引っ張っているが、接着剤でとめられてしまったかのようにどの足も動かない。


 ルーカの琥珀色の瞳に、見たこともないような冷たく激しい怒りの感情が燃えている。

 それに気付いたセシリアは、ルーカを相手に恐怖を感じた。

 まるで、彼こそが闇を司る者であるかのように恐ろしい。


「僕から逃れたいなら、地下は最悪の環境ですね」

 ルーカが手のひらを床に向けた瞬間、床や壁、天井から、ゴーレムの手のようなものが沢山生え、悲鳴をあげる男達をお構いなしに捕まえた。


「どうして俺たちしか知らない文言を……俺の名前を」

 男の声に、ルーカはため息をついた。

「詰めが甘い、とだけ申し上げましょう」


(地の一族の者達は、諜報能力が高い)

 セシリアは前世の記憶を思い出す。

 地の公爵ルーカが調べようと思った時点で、王国全土からかなりの情報が集まってしまうのだ。


 男達は壁や床から生えた手に掴まれ、もがきながらどこかに連れ去られていった。

 ルーカはセシリアに歩み寄ると、先ほど男が落としたナイフを軽々と持ち上げ、セシリアを椅子に縛り付けている縄を切った。


「ルーカ様、ありが……」

「まず怒っていい?」

「え」

 ルーカはセシリアを強く抱きすくめた。

(ル!!!)


 セシリアは混乱する。

「どれだけ心配したと思ってる」

 苛立ちと、安堵と、どこか切なさを帯びた声音だった。


(ダメだこの幸せすぎる状況死ねる)

 死因・推しによるハグと甘い声。

 バクバクと心臓が高鳴る。

 ルーカはセシリアを抱きしめたまま、厳しい声で尋ねた。


「色々調べたけど、君が『アリーチェ』と言う子を探す理由だけが分からなかった。説明がほしい」

(それは……)

 前世で、などと言っても信じてもらえないだろう。


「ルーカ様。アリーチェは、ルーカ様に必要なんです」

 ルーカは腑に落ちない顔をする。

「僕はアリーチェなんて知らない」

「ええと……」


 どこまで話せば良いのだろう。

「アリーチェがいると、ルーカ様の未来が良くなるんです」

 しかしルーカはその言葉を聞いて、セシリアの頬に片手をあてた。


「僕にアリーチェは必要ない、間に合ってる」

「そんな、だって、アリーチェと恋人にならないとルーカ様が」


「これだけ言ってもまだ分からないか……僕は、君が、好きなんだ!」

(…………へ?)

 一つ一つの言葉を区切ってはっきりと告げるルーカに、セシリアは呆然としてしまった。


「ぇえええええ!?」

「なかなか分かってもらえないみたいだから、これからは遠慮なくいく」


 ルーカはセシリアを軽々と抱き上げた。

 お姫様抱っこである。


「ルーカ様! これはちょっとあの、重いので!」

「重力操作魔法で軽くしてるから大丈夫」

「それは魔法が無いと重いという意味ですか!?」

「気にするなってこと。君のために何かしたいんだ。もっと僕を頼って」

 ルーカはそう言うと、静かに微笑んだ。

 前世でセシリアが虜になった笑顔だった。

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