座敷牢

沙華やや子

座敷牢

 朝帰りのあたしはブルー。実は……今日もブルー。だれもしらない、そんなこと。 だから……赤信号を待っている。

 信号が青に変わり、小雨の中カサを持って歩き始めた。そうして踏み切りまでやってきたら遮断機が下りた。なんとなく足元に目をやると、月見草。

 ア・イ・シ・テ・ル……だのに、お仕事を夜明けに終え、次の日の夜に備えるための昼間を過ごす。

 この朝、貴重かも。遮断機は上がったけれど、どうでもいい。また電車が来たって、構わない。しゃがみこんで、想うたったひとつ。

 愛してる……!

 お花、あたしが頬に載せるチークの色に似ている。こんなことしてちゃ、傷つける? なんで足を洗ったお仕事またはじめた。あのひと……「危ないからダメだよ」と云ってくれていた。あたしはあのひとの女だから、いけない事。

 あのひとが知らない、そういう事。

 踏み切りを渡り行きかう人たちがあたしを邪魔そうに睨んだりしながらどけて行く。だから傘を閉じた。

 コンビニで買ったサンドイッチとプリンとおにぎりの入った袋、ガサゴソ音が鳴る。握りしめてたら、泣きたくなった。でも恥ずかしいからあたし、帰る。

「月見草さん、バイバイ」


 昔もこういうお仕事をしていて、親友に言われた。「あんたがって意外過ぎ。わたしみたいな性格ならわかるけど。合わないよ」そうでしょうね。そんなずっと前のことを想い出しながらまた傘をさして歩いた。お店から家は近いんだ。

 今度は空を見た……虹。あたし、あのひとと繋いだこんなに綺麗なものを断ってしまったの。

 生きていくために、あたしに出来ることは今これだけだった。他の子はみんな平気そう。そう見えるだけかもね。どっちでもいい。


「ただいまー」オバケでも、居る? どうでもいいけど、転んで膝小僧擦りむいた。 

 ついにはあたし、泣いた。「痛いじゃん! なんでよ! バカ!」止まらないよ、涙が。消毒液がしみて、怒りすら湧いてきた。あたしはお客さんが嫌い。凄く嫌!

 あのひとにしか触れてほしくない。


 ここで待っている。ここで待っている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

座敷牢 沙華やや子 @shaka_yayako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説