占いの館で素性を隠して店番をしていたらいつも私に意地悪をしてくる公爵令息がやってきて私のことを好きだと相談してきた

間咲正樹

占いの館で素性を隠して店番をしていたらいつも私に意地悪をしてくる公爵令息がやってきて私のことを好きだと相談してきた

「やあフリーダ、今日も癖毛が暴れに暴れているね。髪の毛が市民革命でも起こしているのかな?」

「リ、リヒャルト様……」


 今日もリヒャルト様がニヤニヤした笑みを浮かべながら、わざわざ私のクラスまで来て癖毛をバカにしてきた。

 私が一番気にしてることなのに……。


「それに何だいそのそばかすは? 胡麻塩? 胡麻塩でも顔に貼り付けているのかな? 最近胡麻塩のバーゲンセールなんてあったっけ?」

「わ、私だって好きでこんな顔なわけじゃありません!」


 そばかすは二番目に気にしてるのに……。

 リヒャルト様の意地悪……!


 ――リヒャルト様は我が王立貴族学校で一番の権力者と言っても過言ではない公爵令息で、その蕩けるような甘いルックスも相まって女生徒から絶大な人気を得ている方だ。

 ただ、何故か私にだけは病的に口が悪く、休み時間のたびにわざわざ下級貴族の私のクラスまで来て毎日癖毛やそばかすをバカにしてくるので、ほとほと困っている。

 入学した当初、たまたま廊下でリヒャルト様にぶつかってしまって以来こうだ。

 そのことが余程腹立たしかったのだろうか……。




「お母様、お疲れ様です」

「あ、フリーダ、ちょうどいいところに来たわ。これから私はまた出張してくるから、店番を頼むわね」

「あ、はい、お母様」


 その日の学校帰り、『未来の眼』に寄るとお母様から店番を頼まれた。

 お母様は占いを趣味にしていて、それが高じて今ではこの『未来の眼』という占いの館を経営するまでになった変わり者だ。

 でも意外とこの界隈では評判が良いらしくて、たまに今日みたいに依頼があれば出張して占いをすることもある。

 そうなるとその間だけ私が店番を任されるというわけだ。

 とはいえ、もちろん私は占いなんかできないから、お客様が来ても精々悩みを聞いてあげるくらいしかできないけど(よって代金も貰わない)。

 そんなのに意味があるのかなといつも思うけれど、お母様曰く、


「占いを当てにしてくる人は、ただ単に悩みを聞いてもらいたいだけって人も多いから、それでも十分に意味はあるのよ」


 とのことだった。

 確かにその点では私も目下、リヒャルト様のことで誰かに悩みを聞いてほしいと思っている真っ最中だから、気持ちはよくわかる。

 つまるところ私の店番は、一種のボランティアみたいなものだ。

 「貴族たるもの、常に市民の支えになるべし」がお母様の口癖だから、今のうちに私に社会勉強をさせようと思っているのかもしれない。


「よいしょっと」


 私は物々しい仮面を付けて、仰々しい水晶玉の前に腰を下ろした。

 仮面を付けているのは、雰囲気を出すためっていうのもあるけど、一番の理由は万が一知り合いが来てしまった時に私だとバレないようにするためだ。

 貴族である私の家が占いの館を経営してるなんてバレたら、好奇の目で見られるに違いないからね。

 特にリヒャルト様にだけは死んでもバレたくない。

 絶ッッッ対バカにしてくるに決まってるもの。


「あ、あのお、『未来の眼』という占いの館はこちらで合っておりますでしょうか?」

「え? あ、ああ、そうですよ。いらっしゃいま――」


 私は来店してきたお客様を見て絶句した。


 噂をすれば何とやら、それはリヒャルト様だった。


「ん? 僕の顔に何か付いていますか?」

「い、いえいえいえ! 何でもありません! ……どうぞお掛けください」


 私はなるべく声を低くして、リヒャルト様に着席を促した。


「あ、はい。失礼します」


 リヒャルト様の態度は私に接する時とは180度真逆で、借りてきた猫みたいに大人しい。

 とても同一人物とは思えない……。

 しかしまさかリヒャルト様がうちに来るとは青天の霹靂だ。

 悩みなんか欠片もなさそうなのに……。

 とはいえ、あまり長く話していると私だとバレかねないから、なるべく早く帰ってもらわないと。


「……あのですね、大変申し上げにくいのですが、店主は只今出張中でして、私はただの弟子で、占いは不得手なんです」

「あ、そうなんですか」

「ですから、また日を改めて……」

「で、でも、店主さんがいらっしゃらない時でも、お弟子さんが話だけは聞いてくださるって噂を聞いたんですが!」

「え? あ、ああ……、まあ、話を聞くくらいなら」

「それでもいいんで、どうかお願いします! 僕は今、真剣に悩んでるんですッ!!」

「そ、そうですか……」


 リヒャルト様のあまりの剣幕に、とても帰れと言える雰囲気ではなくなってしまった。


「……わかりました。私でよければお聞きしましょう。何をそんなに悩んでおられるんですか?」


 正直、あのリヒャルト様が何にそんな頭を悩ませているのか、興味がないと言ったら嘘になるし。


「……はい。実は今、同じ学校に恋焦がれている女性がいるのです」

「……ほう」


 まさかの恋愛相談!?

 えっ!? 待って!

 リヒャルト様に意中の人が!?!?

 全然気が付かなかった……。

 まあ、リヒャルト様もお年頃だし、そういう人がいてもおかしくはないか。

 リヒャルト様にはまだ婚約者もいないらしいし。

 でも、このリヒャルト様のハートを射止めるとは、いったいどんな凄腕の令嬢なのかしら……。


「その彼女は、髪は癖毛でそばかす顔なんですが、とってもチャーミングな女性なんです」

「…………え」


 ええええええええええ!?!?!?

 そ、それって、私のことおおおおおお!?!?!?

 え!?

 ちょっと時間ちょうだい!

 ちょっと一回深呼吸させて!

 まだ事実が受け入れられない!

 どういうこと!?

 どういうことなのこれは!?

 今私の身に、何が起きているの!?!?


「でも僕は、その彼女の前だと緊張して、いつも悪態ばかりついてしまうんです……」

「……はあ」


 つまりいつものあれは、リヒャルト様なりの照れ隠しだったということ!?

 何その好きな子は逆にイジメちゃうジュニアスクール男子みたいな思考は!?

 とても公爵令息の思考とは思えないッ!!!


「どうしたら彼女の前でも、素直になれるでしょうか?」

「え……えーと、そうですね……」


 ダメだ。

 テンパりすぎて、何も考えられない。


「――で、では、手のひらに人という字を三回書いて飲み込んでから、その彼女に話し掛けてみてはどうでしょう?」


 何を言っているの私は!?!?

 いくらテンパってるからってアドバイスが雑すぎる!

 今時ジュニアスクール男子でもしないわよそんなこと!?


「な、なるほど! 流石高名な先生のお弟子さん! その手がありましたね!」

「え」


 が、リヒャルト様には思いの外ヒットしたらしい。

 この人意外とおバカさんだわ!?

 大丈夫!?

 こんな方が公爵令息で、この国は大丈夫かしら!?


「早速明日その手でいってみます! ありがとうございましたー!」

「あ、どうも」


 リヒャルト様はスキップしながら出ていった。

 ……どうしてこうなってしまったんだろう。




「や、やあフリーダ」

「あ。お、おはようございますリヒャルト様」


 翌日、いつものようにリヒャルト様が私のところにやってきた。

 が、昨日あんなことがあっただけに、私は気恥ずかしくてどんな顔をしていいかわからなかった。


「あ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「え?」

「人……人……人……、ゴックン」

「……」


 リヒャルト様は律義に昨日私が言った作戦とも言えない作戦を実行してくれている。

 いじらしい!

 いじらしいわリヒャルト様!


「これでよし……。ね、ねえフリーダ」

「は、はい。何でしょう?」

「えーと……。その……えーとだね」

「……はい」

「えーと……」

「……」

「……き」

「き?」

「君の癖毛は今日も狂い咲いているねッ!!」

「えっ!?」


 リ、リヒャルト様!?


「クセッケーノ様かな!? 癖毛の神と名高い、クセッケーノ様がご降臨なさっているのかな!?」

「……リヒャルト様」


 そんな神様いましたっけ?


「それに何だいその胡麻塩の海にヘッドダイブしたかのようなそばかすは!? さては君はあれだな!? 最近世間を騒がせている、GGG団――『胡麻塩・玄関に・ガッツリ撒く』団の一員なんだな!?」

「……」

「――あ。ち、違うんだこれは……」


 リヒャルト様は我に返ったらしく、顔面蒼白になった。


「違うんだ……。違うんだあああああああ!!!」

「リヒャルト様!?」


 リヒャルト様は光の速さで教室から出ていった。

 ……えぇ。




「もう僕はお終いDEATHッ!! 絶対今日ので彼女に嫌われちゃいましたッ!!」

「い、いや、そんなことはないと思いますよ……」


 放課後。

 今日も店番を任された私のところに、リヒャルト様が泣きながらやってきた。

 実際私はリヒャルト様を嫌いになんかなってない。

 急にあれだけの罵声を浴びせられたのは確かにビックリしたけれど、リヒャルト様の事情を知っているだけに、怒る気にはなれなかった。


「本当は彼女の癖毛もそばかすも大好きなのにッ!! できれば撫で回したいと思ってるのにッ!!」

「そ、そうなんですか……」


 あまりにも恥ずかしいので、その辺で勘弁してもらえないでしょうか……。


「でもやっぱり彼女の前だと、緊張して上手く喋れないのです……」

「ふむ……それは困りましたねえ」


 なんで私は、私に想いを寄せている人の恋愛相談を、自分で受けてるんだろう?


「では、話すこと以外で彼女にアプローチする方法を考えてみるというのはどうでしょう?」


 おっ、今のは我ながらなかなかいいアイデアじゃない?


「話すこと以外……。例えば、アクセサリーをプレゼントするとかですか?」

「え? あ、うん、そうですね」

「よし、それでいってみます! ではこの国一番の宝石商を呼び寄せて、最高級のものを――」

「ちょっ!? ちょっと待ってください!」

「え?」


 そこまでのことをされたら、逆にいたたまれない!


「いきなりそんな高価なものをプレゼントされても、その方も困惑してしまうと思います。――その辺で売っている安物で結構なんです。その代わり、お客様がご自分の目で選んだものにしてあげてください」

「そ、そういうものですか……。わかりましたッ! 早速今から市場を巡ってきますッ!! 今日もアドバイスありがとうございました、お弟子さん!!」

「あ、いえいえ、どういたしまして」


 リヒャルト様は鼻歌交じりにダンスを踊りながら出ていった。

 ……今度は大丈夫かな?




「や、やあフリーダ」

「おはようございます、リヒャルト様」


 翌日、胸ポケットを大きく膨らませたリヒャルト様が私の席にやってきた。

 本当に買ってきてくれたんだ……。

 多分あの中にアクセサリーが仕舞ってあるんだろうな。


「と、ところで、フリーダはネックレスには興味はあるかい?」

「あ、はい。人並みには」


 今更だけど、何なんだろうこの茶番?

 ……でも、必死な顔でネックレスを選んでくれてるリヒャルト様を想像すると、何だか――。


「そ、そうか! じゃあさ、こ、これ……」


 リヒャルト様は胸ポケットに手を突っ込んだ。


「こ、これ、を……」

「……」


 が、またしても緊張しているのか、なかなかポケットから手が出てこない。

 頑張って!

 頑張ってリヒャルト様!


「こ、このネックレス、を…………、うおおおおおおおおッ!!!」

「リヒャルト様!?」


 リヒャルト様は胸ポケットから綺麗にラッピングされた包みを取り出すと、それを床に叩きつけた。

 えーーーーー!?!?!?


「そんなにネックレスが好きなら拾うがいいよこれをッ!!! 君みたいな下級貴族には、こんな安物がお似合いさッ!!! ダーッハッハッハッハッハッ!!!」

「リヒャルト様ッ!?」


 リヒャルト様は魔王みたいな謎の高笑いをしながら、またしても光の速さで教室から出ていってしまった。

 ……リヒャルト様。




「もう僕は死にますッ!! 長めのロープを貸してくださいッ!!」

「いや死なないでくださいよ……」


 そもそもここで首吊りなんかされたら、迷惑極まりないですよ。

 今日も今日とて店番を任された私は、号泣しているリヒャルト様を宥めるのに必死だった。

 まったく、泣きたいのはこっちよ。

 でもリヒャルト様がくれたネックレスは、確かにそれ程高価そうな物ではなかったけれど、とても私好みの可愛らしいデザインだった。

 これを男性一人で買うのは、相当勇気が要ったのではないだろうか。


「でも、今度こそ嫌われたに決まってます……」

「い、いや、そんなことはないと思いますよ……?」

「――いえ、もういいんです」

「え?」

「やっぱり僕には、彼女のことを好きになる資格なんかなかったんです……」

「そ、そんな!?」


 なんでそんな諦めムードなんですか!?

 私は……、私はリヒャルト様のこと……。

 ――そうだ。

 本当は私はとっくに気付いてたんだ。

 私の、リヒャルト様に対する気持ちを……。


「……わかりました。今日は特別に、私があなたとその彼女の相性を無料で占ってさしあげます」

「え? で、でも、お弟子さんは占いは不得意だって、前に……」

「ですから今回だけの特別です。――大丈夫、私を信じてください」

「は、はい」


 背筋を伸ばして握った拳を震えさせているリヒャルト様をよそに、私は目の前の水晶玉にそれっぽく手をかざした。

 もちろん私には恋愛占いなんてできない。

 だから私はこれから卑怯なことをするけど、どうか許してほしい。


「……はい、見えました」

「っ! で、では、その結果は!?」


 私は少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「……おめでとうございます。あなたと彼女は両想いですよ」

「っ!! ほ、本当ですか!?」

「本当です。ですからもっと、自分に自信を持ってください」


 私はなるべく頼りがいがある声を装って、そう伝えた。


「あ、ありがとうございます……。ありがとうございますううううううう」


 リヒャルト様はまたしても泣き出してしまった。


「うんうん、大丈夫ですよ。私も陰ながら応援していますから、頑張ってくださいね、

「……え?」

「ん?」

「なんで僕の名前をあなたが知ってるんですか……? 僕は一度も、あなたの前で名前は言ってませんよね……?」

「…………あ」


 し、しまったああああああ!!!


「それにその仮面の横からはみ出してるくるんとした癖毛……。胸に下げているネックレスは、昨日僕が買ったものと同じ……! まさか……」

「い、いや……、これは、その……」


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占いの館で素性を隠して店番をしていたらいつも私に意地悪をしてくる公爵令息がやってきて私のことを好きだと相談してきた 間咲正樹 @masaki69masaki

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