第42話 式典
地底の国の朝は、誰かが起き、隣の扉を叩くことで、伝播するように皆が起きるものだった。
「朝ですよ」なんて、誰も言わない。
声が届かないからだ。
光が強くなることも暗くなることも、地上のように派手な変化はない。
それでも、彼らは何百年もそれで生きてきたのだ。
だからダランも、ずっとそれが“普通”だと思っていた。
──六連式砂時計。
ソレルレンズが設置され、光を集めた国の中心広場に、それは据えられた。
磨かれた鉱石の台座、規則的に並ぶ六つの透明な容器、そして中を流れる白銀色のアルネラの花でできた砂──
「……まるで、宝石みたいだ」
思わず漏らしたソレルの声は、自分にしか聞こえていなかった。
すでに広場には、たくさんの人々が集まっていた。
それぞれが、両手を高く挙げて、振っている。
これは、この国に根付く“手での拍手”の代わり──
音が届かない場所でも、気持ちは届くように。そうして長年、守られてきた方法だった。
高く、ゆっくり。
手を振る人々の姿が、まるで咲き誇る花のように美しくて──
「……ほんとに、綺麗だ」
ソレルはもう一度、そう呟いた。
けれど、同時に胸の奥には、ほんのわずかな棘が刺さっていた。
──この砂時計は、“時間を可視化”するもの。
そして今度は、視覚だけではなく、音や声でも伝えられる社会を作りたいと考えていた。
──でも。
「……本当に、それでいいのかな」
ソレルは、砂時計の前で立ち尽くしながら思った。
手話の文化を消したいわけじゃない。
むしろ、守りたい。
音の届かない場所でも、想いを届けるその“形”は、他のどの国にもない誇りだ。
けれど、彼が今ここに設置したのは──
“誰にでも見える時間”を与える代わりに、古い静けさを壊す第一歩だったのかもしれない。
「……不安か?」
気づけば、隣に立っていたダランの声。
「……ちょっとだけ」
ソレルは笑って見せた。
「この国を守るためには、声や音が通った方がいいと思ったんだ。それはこれからのこの国を守るためには、必要なことだって今も思ってる。だけど、僕がこの国の良いところを全部壊しちゃうんじゃないかって、時々、怖くなるんだ」
その言葉に、ダランはしばし広場を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「なあ、ソレル。お前は、人々が手を振る姿を花のようで“綺麗だ”と思ったんだろ?」
「……うん」
「俺は──人々の声が聞きたい。あの手を降ってくれる人々の“声“を」
ソレルが目を見開く。
「俺たちは、声を奪いたくて奪ったんじゃない。
奪うことでしか生きられなかったんだ。手で話す文化は残るよ。」
ダランの手が、そっとソレルの背中を押す。
「お前が作ったこの砂時計は、未来に繋がる“希望の光”だ。
──誇れ。もっと胸を張ってくれ。」
──コォン。
砂時計の一つが、落ち切った。
続くように、次の容器が傾き、新たな砂が流れ始める。
それは、時間の音。
そして未来が動き出す合図だった。
ソレルは静かに目を伏せると、ポロリと涙がこぼれ落ち、震える手を強く握りしめた。
「……ありがとう。ダラン」
ソレルは静かに目を伏せた。
ぽろりと落ちた雫が、台座の透明な縁を静かに濡らす。
まるで──その涙すらも、
この“新しい時間”の一粒になったかのようだった。
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