第37話 ブレスレット

「俺に言ったことを覚えてるか?

 ソレルレンズの下で──何かを作ってほしいって」


 懐かしげな声に、ソレルはふと目を瞬いた。


「……“あんまり上手じゃないかも”って、言ってたよね?」


 小さく笑いながら返すと、ダランは少し照れたように眉を下げる。

 その大きな掌が、そっとソレルの手を取った。


 開かれた掌の上に、ひんやりとした重みがのる。


「……これ……?」


 ソレルの手のひらに乗っていたのは、暗がりの中でもほのかに光を放つ、大きな輪のブレスレットだった。

 夜光石のような鉱石を繋いだそれには、精緻な文様が刻まれている。


「……まさか、これ……」


「俺が彫ったんだ」


 ダランの声は、どこか不器用で、それでいて少し誇らしげだった。


「……すごい。綺麗……こんなの地上でも見たことないよ…」


 目を凝らせば、その模様は──ダランの体に刻まれた刺青の意匠とよく似ていた。

 祈りから始まる紋様。十を起点に記す、家族の証。

 それが、小さな輪の中に、繊細に、深く刻まれている。


「…他に参考にできるものがなくてな。体に彫られている模様を、元にした」


「……ありがとう。すごく……嬉しい」


 ソレルがそっとブレスレットに触れると、石がわずかに揺れて光を放つ。


「暗闇でも、ちゃんと見えるように──地の鉱石を使った。どんな場所にいても、お前がそこにいるって、わかるように」


 低く呟かれた声に、胸の奥がじんと熱を帯びる。


 この人は──やっぱり、優しい。


 ブレスレットは、ただの飾りなんかじゃない。

 ふたりを繋ぐ、目に見える約束だった。


 けれど、ソレルは手首にはめてみたが──大きすぎて、するりと落ちてしまいそうになる。


「──…すまない、こんなにも細かったんだな」


「細いんじゃなくて、ダランの手が大きいんだよ」


「地の民は、土を掘るのに手が大きい方が有利だからな」


 そう呟いたダランが、わずかに悲しそうな表情を浮かべたのを見て、ソレルは「あのさ」と提案する。


「……足につけるのは、だめ? やっぱり、手じゃないとダメ、かな」


 すると、ダランが「いや」と呟いて、言い淀む。


「……何か、あるの?」


「実はな──結婚してから彫る刺青ってのは、足に刻むんだ」


「足に?」


「ああ。これからの人生を、一緒に歩いていくって意味を込めて。ふたりで、同じ文様を彫るんだ」


 ソレルはしばし黙り込み、掌の上のブレスレットを見つめる。


 そして、ゆっくりと、笑った。


「……じゃあ、これが、俺にとっての──結婚の証ってことになるんだね」


  ソレルが足首にブレスレットをつけようとすると、ダランが静かに膝をついた。

 そして、何も言わずにそっとソレルの足に手を添える。


 その手は大きくて、あたたかくて、少しだけ震えていた。


「……つけていいか?」


 問いかけは、まるで儀式のようだった。

 ソレルは小さくうなずき、足を差し出す。


 ダランの指先がそっと足首に触れ、輪をはめる。

 カチャリと小さな音がして、鉱石の輝きがふたりの間に灯った。


 それを確かめるように見つめたあと、ダランはゆっくりと顔を上げた。


「……これで、お前は、俺のものだ」


 冗談めかしたような低い声。だけど、真剣な眼差し。

 ソレルは一瞬目を見張ってから、ふっと笑った。


「もう、とっくに……なってたけどね」


 そんなふうに返すソレルの頬が、ほんのり赤く染まっている。

 ダランの手が、そっとその頬に伸びた。


「……本当に?」


 その問いに、ソレルは何も言わず、目を閉じることで応えた。


 そして──唇が、触れた。


 静かな、けれど熱を帯びた口づけだった。

 触れるだけのはずが、名残惜しさに、そっと深まっていく。


 息を吸うたび、相手のぬくもりが胸に満ちて、

 何も言わなくても、伝わってしまう気がした。


(この人は、ちゃんと約束してくれたんだ)


 どんな場所にいても、見つけられるように。

 どれだけ時間が経っても、繋がっていられるように。


 ふたりを結ぶ光の輪──それは、目に見える“誓い”だった。


 やがて、唇が離れると、ふたりは少し照れくさそうに視線を合わせた。


「──もう、逃げられないな」


 ダランの声に、ソレルは小さく笑って返す。


「うん。逃げないし、逃がさないから。ずっと、一緒にいる。地の国ドルナーグのために、頑張ろう。」


 暗闇だったはずの地の国に、あたたかな光が灯っていた。

 それはふたりを照らし、これからの未来をそっと包み込むのだった。

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