第24話 求める夜

「前に、欲しいものがないかと聞いたと思うんだが…それだけじゃ足りない、と?」


 小さな声に、心臓がぎゅっと縮み上がった。

 拒絶されると思った。

 だけど今夜だけは、引きたくなかった。


「僕が……その、労ってほしいって言ったのは……

 正確には、ダランからではなく、僕の“夫”から、なんですけど……」


 息が震える。

 思っていたよりも、声が幼く響いた。

 ダランはしばらく黙っていたが、やがて低く笑った。


「……お前は、ずるいな。」


 その言葉のあと、頬に指が触れた。

 硬くて、熱い掌。

 見上げた瞬間、視界が近づく。


 唇が、触れた。


 柔らかく、けれど、確かにそこに“触れた”と分かるほどの温度。

 呼吸が止まる。

 心臓の鼓動が、互いの胸の奥でぶつかり合っていた。


「……ダラン」


「……呼ぶな。今は、それで理性が保てない。」


 息が絡まる。

 離れようとした瞬間、腕を引かれた。

 そのままベッドの端に背を押され、目が合う。

 あの灰色の瞳の奥が、いつになく濃い光を宿していた。


「本当に……いいのか?」


 頷く代わりに、ソレルは目を閉じた。

 答えを言葉にするより早く、唇が重なる。

 深く、ゆっくりと、確かめるように。


 首筋をなぞる指が、肌を震わせる。

 彼の指先が腰に触れるたび、体の奥に熱が灯っていく。

 その熱が形になる──まさにその瞬間だった。


 


 「──ダラン様っ!!!」


 


 鋭い声が、部屋の扉を叩いた。

 息を切らした兵が、声を裏返らせる。


「南の坑道で、地熱が急上昇しております!!

 砂の流れが変わり、岩盤が──!!」


 ダランの体が、ピクリと強張る。

 ソレルの上にあった手が離れた。

 ふたりの間に、冷たい空気が流れ込む。


「……噴火の、兆候か?」


「確認中ですが、急を要します!ダラン様にご確認いただきたく!」


 答える声を背に、ダランは素早く身を起こした。


「……行ってくる。」


 短い言葉。

 それ以上、何も言わなかった。

 ただ、一瞬だけ伸ばしかけた手が、宙で止まり──

 それから、拳を握りしめたまま扉の向こうへ消えていった。


 


 静寂が戻る。

 まだ熱の残るベッドの上で、ソレルは膝を抱えた。


 唇が、じんわりと熱い。

 たった一度触れただけなのに、

 それだけで胸の奥まで火を灯されたようだった。


(……戻ってくるよね?)


 呟きにもならない声が、喉の奥で溶ける。

 レンズの光が、ゆらゆらと天井に揺れていた。

 その揺らぎが、まるで地の底で目を覚ます“炎”のように見えた。


 


 そして、その夜──

 地底の国ドルナーグが、静かに震え始めた。

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