第23話 二度目の夜

 けれど、ダランの横顔を見たとき──

 ふと、胸の奥がざわついた。

 まるで、何かを言いかけて飲み込んだような表情だった。


「……ダラン?」


 呼びかけると、彼は少しだけ目を伏せた。

 低く、掠れるような声が返ってくる。


「──なんて、格好付けてみたが…本当はな。

 お前の言うとおり、その記録を明るみに出せば、

 地底の国ドルナーグの名誉は取り戻せるかもしれない。」


 ソレルの瞳が揺れた。

 ダランはゆっくりと続ける。


「四百年前、俺たちは必死になって真実を語ったが信じてもらえなかった。

 だから、今こそ“地の名誉を取り戻す好機”だと、父である王も言うだろう。

 だが──」


 言葉が途切れる。

 少しの間、ダランは拳を握り、吐き出すように続けた。


「…真実を話すことで、お前の国の立場がなくなるのが怖い。

 お前が地上へ戻った時、“嘘吐き王の末裔”などと呼ばれるかもしれない。

 ……そんなのは、嫌なんだ。」


「ダラン……」


「お前は、この国に光をもたらしてくれた。希望をもたらしてくれたんだ。

なのに、国に帰れば、その名誉も栄光も何もかもが無くなった上に、そんな不名誉な名前で呼ばれ、居場所がなくなるなんてこと、許せるはずがないだろう。」


 静かな吐息が、ふたりのあいだに落ちた。

 ダランは苦笑しながら、空のグラスを見つめる。


「地の民としては、国の名誉を挽回すべきなんだろう、と思う。

 本来ならそうすべきなんだろう。

 ──俺は、地の王の息子でもあるんだ。

 だけど、お前を……“俺の妻”を守るのも、俺の役目だろう。」


 その言葉が、心臓の奥に刺さった。

 何も言えなかった。

 喜びでも、悲しみでもない、

 名前のない熱が喉の奥に込み上げる。


 ダランはそれ以上何も言わず、祝宴の方へと歩き出した。

 光に照らされる背中が、なぜだか、いつもより遠く見えた。


 祝宴が終わる頃には、杯の数も増え、音楽もゆるやかに沈んでいった。

 けれど、ソレルの頭の中では、ダランの言葉だけが何度も反響していた。


(……“俺の妻”なんて……そんなふうに、言わないでよ)


 胸の奥が痛い。

 けれど、嬉しかった。

 どちらか分からない熱が、喉の奥に残って離れない。


 気づけば、広間の灯りは落ち、客人たちは次々と退場していた。

 ダランも部屋に一緒に戻ってきたのに、湯浴みをしてる間に見えなくなっていた。


 ——その夜。


 ダランの執務室の前で、ソレルは一度立ち止まった。

 ドアの向こうに灯りが見える。

 心臓が早鐘を打つ。


(……いいんだ、今日だけは…“俺の妻“だって…ダランが言ったんだから)


 小さく息を吸い、扉を叩いた。


「入っても、いいですか……?」


 すぐに返事はなかった。

 けれど、静かに開かれた扉の隙間から、あの声が落ちた。


「……どうした。」


 ダランは机に向かって、書類を整理していた。

 ソレルは、胸の奥に渦巻く言葉を必死に整えながら、歩み寄った。


「……まだ、労ってもらってません。」


「え?」


「ソレルレンズをお披露目した時。

 “妻を労ってやれ”って、陛下も仰ってたのに……

 まだ、何も、いただいてません。」


 まっすぐな瞳。

 それは報告でも、お願いでもなくて──

 ただ、彼の心に触れたかった。

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