第22話 夜

 今夜は、 城の大広間に取り付けた《ソレルレンズ》完成の祝賀会だった。

 国中の重臣たちが集まり、光技師カミュラ殿下を称える声が響く。

 けれど、ソレルの胸は浮き立たなかった。


 ──ずっと、あの日報のことを話したかった。

 だが、ダランと二人きりになれる時間が、どうしてもなかったのだ。


(……そんなに露骨に避けなくてもいいのに)


 広間へ続く長い廊下を並んで歩きながら、ソレルは横目でダランをうかがう。

 声をかけようとして、何度も口を開いては閉じた。

 こんな大事なこと、他の人に聞かせるわけにはいかないだろう。

 そのまま歓迎のざわめきに呑まれ、またタイミングを逃してしまう。


 ダランは“妻”であるソレルの隣に立ち、

 重臣たちの賛辞に微笑みを返していた。

 その横顔が少し遠く見えて、胸の奥がざらつく。


「我々のこの白い手袋がよもや見えにくくなるなど、考えもしなかった」

「それほど、この光が明るいなどとは…」

「今度は、人の声だけは吸収しない岩の加工が求められますな」


 そんな勝手なことを言い合う声に頷き返していたら、ダランがふいに、壁際の静かな一角へとソレルを導いた。


「すまない。勝手なことばかり…」

「ううん、でも本当に…白い手袋が見えづらくなってるのは事実だし」

「きっと、こうして、また新しい技術が生まれるんだろうな」 

 

 そんな言葉を遮るように、ソレルは勢いのまま言葉をこぼした。


「ダラン……実は、古い日記を見つけたんだ。

 そこには四百年前、噴火の前に地底の国ドルナーグが──いや、地の民が警告を出していた記録があった。

 なのに、知の国ナランサスでは“知らせが来なかった”って言われてきたんだよ!」


 ダランは静かに眉を寄せた。

 しばらく黙り、低く息を吐く。


「……そうか。」


「ねえ、これを広めようと思うんだ。

 あのときドルナーグはちゃんと知らせていたって。

 ナランサスの人たちに、誤解を解きたいんだ!」


 熱を帯びた声。

 だが返ってきたのは、やわらかな拒絶だった。


「……無理に、広めなくてもいい。」


「え……どうして?」


 問い返すソレルに、ダランはわずかに視線を落とす。

 導光鉱石の光が、灰色の瞳を淡く照らしていた。


「今さら、四百年前の話をしてどうなる?」


「え……だって、それじゃ……」


「現に、地上に住む者たちには、俺たち地の民は敵わない。

 陽の下では、芸術も、色彩も、息をするだけで絵になる。

 ……でも、この闇の中で生きてきた俺たちには、“光”がなかった。」


 彼はそっと、天井の鉱石を見上げる。

 光が石の層を透かして、ほのかな輝きを放っていた。


 ──ダランは知っていたんだ。

 

 四百年前…知の国ナランサスが、地底の国ドルナーグの言葉を聞かなかった理由を…僕らの傲慢さを──彼らは知っていたんだ。

 

「けれど、再び婚姻が結ばれ──お前が来てくれた。

 おかげで、地の民もようやく目を覚まし始めたんだ。

 俺たちはもう、地上に憧れるだけの民じゃない。

 ……きっと、ここから“負けない文化”が生まれていく。」


「……ダラン……」


「だったら俺は、“過去”じゃなく、“未来”の話がしたい。」


 その言葉に、胸が詰まった。

 うれしくて、泣きたくなるほど。


(……何て、強くて優しい人なんだろう)


 祝宴のざわめきが再び近づいてくる。

 ソレルはグラスを握りしめながら、ダランの言葉を胸に刻んだ。

 けれどその奥で──

 誰にも言えない“何か”が、静かにざわめき始めていた。

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