第21話 外交断絶の真実
ソレルレンズは、あくまでも“レンズ”にすぎない。
それ単体では、何の力も発揮できない。
──問題は、その“上”にある構造だ。
古い資料を読み漁るうちに、ソレルはようやく光の仕組みを掴みかけていた。
地の国の光源、それは岩肌に埋め込まれた光る鉱石。
けれど、それはただの装飾ではない。
鉱石は地表から半ば突き出すように“生え”、まるで植物の根のように地下深くへと伸びている。
地上で受けた光を、地の底まで導く。
──屈折と反射を繰り返しながら。
その光を受けて焦点を作るのが、《ソレルレンズ》だった。
導光脈を通って届いたわずかな光を一点に集め、部屋全体を照らす。
言うなれば、地下に差し込む“ピンライト”だ。
ただし、問題もあった。
光を強めすぎれば、地の民の目にはあまりに眩しすぎる。
視力の弱い彼らにとっては、光は祝福であると同時に“痛み”でもある。
それでもソレルには、眩しいほどの光が恋しかった。
朝になれば明るくなり、昼になれば焼けそうなほどの強い日差しが。
あの柔らかな灯りの下に立っていると、どこか懐かしい地上の匂いがした。
地上の陽光の記憶──だけど、そこに戻れば、ここには二度と戻ってこれない。
そして、彼は気づく。
この国の光は“空”から来ているのではない。
地が、空を見上げて掴もうとしている。
その姿が、どうしようもなく愛おしく思えた。
(……やっぱり、この国はすごい)
ソレルレンズの仕組みをデステルに説明する。
自分の目では、この暗さの中で細工ができない。
だから、地の民である彼に託すしかなかった。
(ダランに言われなくても、僕には──もうこれ以上できることなんてない)
そう呟いて、書きかけの資料を整えていたときだった。
一冊の古びた冊子が、棚の奥から滑り落ちた。
革張りの表紙には、かすれた金文字でこう記されている。
《作業日報》
ここで行った作業や困っていることなどが日々綴られている。
日記のようでもあり、少し読むのに申し訳なさもあったが、それ以上に好奇心が優る。
ページを捲る手が止まったのは、文字が急に乱れ、行間に余白や斑点が目立ち始めた箇所だった。インクがにじんでいるところに、乾いた指の跡が残っているようにも見える。
(ここで何かが起きた──?)
頭の奥がざわつく。日報は淡々とした筆致で始まり、だが日が近づくにつれて感情の震えが滲み出してくる。ソレルはゆっくりと声に出して読み進めた。
——○月九日
地の観測隊より、火山活動に関する異常報告あり。
地下熱流の上昇が確認されたとのこと。
導光鉱石の発光にも微細な揺らぎが見られるという。
私は現地の判断を仰ぐ立場にあり、詳しい分析は視察隊の報告待ち。
地殻変動はこの地方では珍しくないため、評議としては慎重な対応を望む声が多い。
“取り越し苦労が続けば、誰も耳を貸さなくなる”──と、地の長老は言っていた。
——○月十一日
視察隊が戻る。報告は深刻だが、彼らの表情にはまだ冷静さがあった。
鉱脈内部の熱反射率が上昇しているらしい。
噴火が近いかもしれない、と。
だが“地は常に動いているもの”と彼らは言う。
過剰な憶測は混乱を招くため、国内への通達は見送る方針。
——○月十三日(破損・一部読取不能)
再観測の報告にて、事態が急変。
“数ヶ月以内”に噴火の可能性とされていたが、“数日以内”へと訂正された。
地の民は避難の準備を始めるよう指示が出る。
我々の施設も熱の影響を受け始めている。
——○月十四日
(筆圧強く、文字が滲む)
他国への避難勧告を行うことになったと聞く。
近隣諸国へも同様の警告を出すよう指示が出たため、書簡を持った
民の避難が進みつつある。
私はここに残るべきか、避難すべきか──迷いがある。
だが、砂時計の心臓部を守らねばならない。
せめて時を止めずに記録を残したい。
——○月二十五日(余白に鉛筆の走り書き)
大噴火発生。想定以上の規模だったが、地の国では被害軽微。
導光鉱石の一部が崩落。砂時計施設も損壊。
再建には時間を要するだろうが、生き残れたことを喜ぶべきだろう。
——○月三十一日(ページの端に乱雑な筆記)
本国より壊滅的被害、人民の大多数が犠牲とのことで帰国命令が出た。
他国からは「警告に感謝する」との書簡が届いている。
なぜ本国だけが──。
警告は確かに送った。
……伝わらなかったのか、それとも──。
家族は、友は、家は……無事なのだろうか。
砂時計の応急処置は終わったが、完全に修復できたわけではない。
近い将来壊れてしまう可能性を考慮し、この日報は置いて行くこととする。
読み終えた瞬間、ソレルは息が詰まるような感覚に襲われた。
四百年前の人々は噴火を予見し、警告しようとしていた。
──いや、したはずなんだ。
現に他の国は被害を免れてる。
そもそも通知を出そうと言い出した者の国へ、連絡がいかないはずがないだろう。
(……当時の王が、握り潰した……?)
ソレルの中で、冷たい疑念が広がっていく。
四百年前──
だが、それは慈悲でも友好でもなく、
“導いてやっている”という優越の上に成り立ったものではなかったのか。
(……信じなかったんじゃない。見下して、聞く価値もないと思ったんだ……)
もし、そうだとしたら。
その傲慢の果てに、多くの命を奪い、
地上の人々が「
──それは、ただの誤解じゃない。罪だ。
胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
怒りとも悲しみともつかない熱が、喉の奥で脈打つ。
なのに、それは
(……僕たちの国の方が、罪を犯してるんだ)
“裏切られた”のではなく、
“裏切った”のは自分たちの側だったのかもしれない。
その思いが、重くのしかかる。
だが同時に、胸の奥に焦りのような光がともる。
もし、あの誤解を解けるのなら。
もし、もう一度この二つの国をつなぎ直せるのなら──
(……僕が、変えなきゃいけない)
彼が握るのは、偶然手にした古い日誌ではなく、
四百年の誤りを照らす“証”だった。
地上の人々が信じなかった声を、もう一度、正しく伝えるために。
(国が信じなかったせいで、悲劇が起きたのなら……
今度こそ、僕が“信じる側”になる。)
今度こそ自分の手で──見上げさせてやるのだ。
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