第3話 断罪と未来!――母は見届ける

 ――朝靄の王都。――


 私は侯爵邸の執務室にて、静かに<母の愛の水鏡>を覗いていた。

 鏡の向こうでは、王城の大広間――。


 玉座の前には、麗しの私の旦那様、氷結の宰相レオン・ベルシュタインの姿がある。


 黒の正装に、銀糸の紋章が煌めく。

 あの冷静な眼差し。

 どれほどの重責を背負っていても、微動だにしない背筋。


(……やっぱり、世界で一番素敵ですわね、私の旦那様。)


 そう呟きかけて、私は慌てて頬を押さえた。

 冷静に。冷静に。今は恋する乙女ではなく、侯爵夫人。

 彼の右腕として、この国の安寧を陰で支える立場なのだから。


 水鏡の傍らでは、ルンルンたちがブゥン(任せときな姐さん!)と羽音を響かせている。

 百体以上の働き蜂が、王城の各所に潜伏し、音もなく情報を届けてくる。


「さて、皆。記録と中継、抜かりなくお願いね。」


「ブゥン!(任せな!)」


 頼もしい返事が響く。

 私は微笑み、水鏡の映像に視線を戻した。


「――第二王子リュシエル・ディルハルト。及びマリアナ伯爵令嬢。これより、侯爵家襲撃および虚偽断罪に関する尋問を行う。」


 国王陛下の声が響く。

 会場に緊張が走った。


 映像の中で、王子と妹は顔を青ざめさせている。

 その背後には、彼らの両親である伯爵夫妻。


(あらあら。自業自得というものですわね……。)


 私は紅茶を一口すする。

 香ばしい茶葉の香りが、少しだけ張り詰めた心を和らげた。


 王の隣に立つ旦那様が、一歩前へ進み出る。

 鋭い刃物のような研ぎ澄まされた声が、広間を満たした。


「陛下。まずはこちらをご覧ください。」


 旦那様が掲げたのは、私がルンルンを通じて届けた魔道結晶。

 その光が水晶球のように浮かび上がり、会場中央に映像を投影する。


 そこに映るのは、舞踏会での真実。

 ド派手な妹が自ら裾を踏み、転げ落ち、姉を陥れる瞬間。

 そして、息子――ファザードが令嬢を抱き上げて逃げ出す場面。


 それだけではない。

 エリーゼ嬢が、今までどれだけ家族に虐げられてきたのか、

 そして使用人たちをどれだけ助けてきたのかという証言が、次々と語られる。


 城に勤める者たちからも。

 彼女がいかに優秀であり、どれだけ王子のわがままに振り回されていたかが証言された。


「ま、まさか……!」


「これは捏造だっ!」


 王子と伯爵夫妻の叫びが響く。


(ええ、いつもの台詞ですわね。でも残念。

 これはあなた方の“生中継”付き証拠映像ですのよ。)


 私は小声でつぶやき、ルンルンに合図を送る。

 即座に次の結晶が起動し、刺客たちの証言映像が連続で投影された。


『第二王子殿下の命令でした。』


『報酬はマリアナ様の従者経由で……!』


『伯爵夫妻が、報酬は城から出るからと……!』


 次々と白状する刺客たち。

 彼らはすがすがしいほどに、晴れやかな顔で証言している。

 中には、日に日に顔色がよくなり、肥えてきた者さえも……。


 旦那様は、ただ一言も発さず、静かにその映像を見守っていた。

 そして、すべてが終わった瞬間――。


「……これが事実です。」


 氷の刃のような静かな、そして鋭い声。

 広間の温度が、一瞬で氷点下となる。


「国家の名を騙り、罪なき者を貶め、我が家を襲撃した――。

 その罪、万死に値する。」


 王子と妹が震え、伯爵夫妻が膝をついた。


 国王はゆっくりと立ち上がり、重々しく言い渡す。


「第二王子リュシエル、及びその協力者マリアナ伯爵令嬢並びに伯爵夫妻。

 王家の名を汚した罪により、すべての爵位を剥奪し、領地を没収する。」


 その瞬間。

 水鏡の端で、ファザードが静かに安堵の息を吐き、

 エリーゼ嬢が小さく礼をした。


(……よく頑張りましたわね、お二人とも。)


 よく見れば、二人はお互いの手を強く握りしめている。

 そして自然と顔を見つめ合い、にっこりと微笑んだ。


(う、初々しいですわ。ずっとそのままでいてくださいまし~~!!)


 これが世に言う、“尊死とうとし”なのか……。


 私は鏡の前で、そっと胸に手を当てた。


(……終わりましたわね、旦那様。)


 水鏡の中で、旦那様は静かに玉座へ向かって頭を下げる。

 そして、退廷する前に――

 ふと、ほんの一瞬だけこちらに視線を送って……いる?!


 そして、茶目っ気たっぷりにウインクをし、声を出さず口だけ動かすと、

 また前を向いて静かに立ち去っていった。


(唇の動き……。え?“ア・イ・シ・テ・ル”って、旦那様~~~!!もうもうもう~~~!!)


 彼の、妻に対するねぎらいの言葉。

 そう、彼はすべて分かっている。


 自分の背後に誰が立ち、どんな想いで支えているのか。

 それでも私が表に出ることを望まないことも、

 彼は尊重してくださる。


 ――だから、私は影でいい。


 すべてが終わり、夜。

 私は静かに水鏡を閉じ、ルンルンたちを労った。


「皆、よく働いてくれましたわ。これで、エリーゼ嬢の名誉も守られました。」


「ブゥン♪(お仕事完了でいっ!)」


 可愛い羽音が、部屋に響く。

 私はふっと笑みをこぼした。


 そんなとき、背後の扉が静かに開く。


「……やはり、ここにいましたね。」


 低く柔らかな声。

 振り向けば、レオンが立っていた。


「旦那様……お疲れさまでした。」


「……すべて、あなたのおかげですよ。ありがとう。」


 そう言って、彼は静かに私の手を取り、唇を落とす。


「公の場では申し上げられませんでしたが――

 あなたの支えあってこそ、私は宰相でいられるのです。」


 その言葉に、胸が熱くなった。


「……そんなこと、ありませんわ。

 私はただ、あなたと息子を見守っているだけですもの。」


「それが、何よりも強い支えです。」


 彼はそう囁き、そっと私を抱き寄せた。


「本日は、少々疲れました。

 ひとつ、ご褒美を頂いてもよろしいでしょうか。」


「え?」


「この後の時間を、すべて私にお預けくださいませ。」


 そう言うと旦那様は、私の唇に優しく自分のを重ねた。


 窓の外では、満月が煌めいている。

 ルンルンたちは静かに羽音を響かせ、

 水鏡の上に、温かな光の輪を描いた。


(今日も、我が家は平和ですわね。)


 私は彼の胸の中で、そっと微笑んだ。


氷の宰相と、その影を支える妻――静かな夜に、満月だけが見守っていた。

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外見は冷徹、内心は尊死!? ギャップ全開の侯爵夫人、ざまぁも愛も母印です! 蒼月 柚希 @sousou13029

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