第18話 レイの憂いと出立

 母は嫁入りの際、甥のレイを伴ってきた。レイがまだ幼い頃に、両親を亡くして以来、である母が面倒を見てきたからだ。

 瞳の色こそ違うが、二人は切れ長の目と色の癖っ毛が共通している。

「レイ兄さまって、可愛い顔してるよね」

「ふふ。ありがとう」

 王都にある学校の制服がよく似合っている。いとこのレイ兄さまは、もうすぐこの家からいなくなってしまう。

「シン坊っちゃま、長期休暇には、遊んで差し上げますからね」

 跪き、僕の手を取る。頬を膨らませる。

「王都の学校に行ったら、レイ兄さまはきっとモテるよ。アルファに囲まれて毎日楽しいね」

 顔を背ける。背後から抱きつかれる。

「大丈夫です。学校を卒業したら、私はあなたの執事になりますからね。恋の相手を探している暇なんてありませんよ」

 つがいもいないくせに。

「知らないの。オメガの子は、アルファがいないと駄目なんだよ。ふつうの生活もできないの」

 手が震えている。振り返る。

「レイ兄さま?」

「本当は、恐ろしいです。オメガでは、とてもアルファには逆らえませんから」

 貴族には、アルファが多い。

「ねえ。だったら、僕のお母さまになる?」

「え?」

 何を言っているのか解らない。そんな表情をしている。ノックの音。二人して、扉に目を遣る。

「これは、お前を守るための建前だよ。嘘の婚約だ。私は、レイと血が繋がっていないからね。婚姻関係は結べる」

 レイ兄さまを守るためだ。でも、面白くない。口を真一文字に結ぶ。レイ兄さまが立ち上がる。

「そんな、恐れ多いです。私は、ご子息の執事として恩を返そうと……」

 レイ兄さまは、泣き出してしまった。後妻の座を狙っていた訳ではない。純粋に幼いいとこを愛していただけなのにと。

「悪かった。この話は、シンが言い出したことでね」

「え?」

 胸が痛む。

「叔父上は命を懸けて、愛する人との子を遺したのですよ。私はあの人の決意を汚したくない……」

 レイ兄さまは、その場に泣き伏してしまった。

 その後、ろくに口も利かないまま、レイ兄さまは旅立ってしまった。部屋に戻り、馬車を目で追う。実際問題として、番のいないオメガはろくに仕事もできないだろう。

「レイ兄さまの夢を叶えてあげられない……」

 だからと言って、他家に嫁入りすれば僕の執事にはなれない。父と結婚するには、心理的抵抗がある。頭をかきむしる。

「ああっ、もう。レイ兄さまとエミール王子を先にどうにかしないと!」

 遠距離恋愛なら慣れている。ここは、気付いていないふりで押し通そう。



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