異世界転移して勇者に選ばれましたが、魔王様の黒タイツに惚れたので人類の敵になります

紅都貴

第1話 魔王の足裏にキス!

 魔王城。禍々しいオーラを纏しそこは、魔族という人ならざる化け物の首魁が住まう悪の根城。人間との長きに渡る戦争の中で、まだ誰も到達した事のない世界の最果て。

 だがその前提は今、一つだけ覆っていた。何故ならただ一人、その地に到達した人間がいたからだ。


「来たな、勇者よ。」


 玉座に座り、侵入者を見下すのは魔王と呼ばれる存在。頬杖を突き、不快感を隠さない様子で勇者を睥睨する。

 相対する勇者と呼ばれた青年は、文字通りの風貌をしていた。黄金に輝く鎧に身を包み、竜の剣と鏡の盾。単騎で万の兵に匹敵する力を持つ彼こそ、この世界の人類の希望。だが彼ですら僅かに震えている。魔王という存在が、どれだけ強大なものか分かる。


「ここまで来た人間はお前が初めてだ……いや、そこまでの力があるなら、本当に人間と言えるのか?」


 揺さぶりを掛けるように魔王は語りかけるが、勇者は一言も話そうとしない。その態度に眉をぴくりと動かし、魔王はある提案を思いつく。


「いい提案がある。私の元に来い。そうすれば、世界の半分をやろう。お前と私で、この世界を支配するのだ。」


 長くスラリとした脚を組み替えながら、彼女は勇者に宣言する。それを聞いた勇者はカシャリと鎧を鳴らし、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 それを見た魔王は口角を釣り上げて嗤う。懐柔できるのならばそれに越したことは無い、彼女は言葉を続ける。


「私を倒したところで、貴様に待っているのは僅かな祝福と……暗殺だ。魔王である私に匹敵する力を持つ者を奴らが野放しにする訳がない。そんな奴らに与するより悪くない提案だと思うが、どうだ?」


「世界は……いらない……」


 だが勇者は一言、拒絶を示した。魔王の言葉はそれ自体が洗脳効果を持っているので、それに耐えた勇者の実力を改めて体感した。だがそれで終わりではない。話す事自体に効果があるので、彼女は再び口を開く。


「ほう?なら何を望む、富か?酒か?女か?なんでもくれてやろう。最も貴様の口に合うのは人間のものだろうから、領地を全て奪ってからになるが……」


「それも……いらない……」


「そうか……なら……」


 流石の魔王も痺れを切らし、右手に魔力を込める。いくら勇者といえども人の子、この玉座から降りずとも屠ってやろうと……

 だが勇者は驚くべき行動に出る。両手を離し、持っていた武器を床に落とした。そしてひざまづき、完璧なフォルムの土下座を披露し……


「貴方の御御足で、俺を踏んで下さいッッッ!」


 とんでもない事を言い放った。


「………………は?」


 魔王は凍りついた。こちらの提案を全て蹴ったはずの勇者が服従の姿勢をして、気が触れた様な事を叫んだのだからそうもなろう。


「その綺麗な両脚に惚れてしまいました!その脚に踏まれ、蹂躙され、全身全霊をかけて奉仕したいという心以外はありません!どうかこの穢らわしい雄豚を慰めて下さいッッッ!」


「待て待て待て待て待て!何を言っているんだお前は!?世界も何もいらないと言っておきながら……脚ィ!?」


 歴戦の魔王ですら、この様な事を言われたのは初めてだった。それはそうだろう。魔王へ向ける人間の視線はいつも、憎悪や恐怖だった。魔族もまた、畏怖や敬意ばかりだった。なのにこの男は惚れたと、しかも脚!

 その衝撃は魔王と言えども固まってしまい、大きな隙を晒した。しかも勇者が目にも止まらぬスピードで近づいて来た事に反応できず、懐に飛び込まれてしまった。まずいやられる。そう思ったがよく見ると勇者は鎧を着ていなかった。接近する一瞬で脱ぎ捨てていたのだ。


「なっなななななな……なんだお前は!?気は確かか!?頭がおかしいのか!?」


「こっちの世界に来てからもう2年も踏まれていないんだ!正気な訳ないでしょう!」


「こっちの世界……まさか……勇し…ひゃあぁっ!」


 勇者の言葉に興味を示したが、脚に抱きつかれてはそれどころではない。そのまま彼は顔を近づけ、頬擦りを始めたではないか。

 洗脳が効きすぎたのかと魔王は考えた。勇者の正体が予想通りであれば、それが原因である可能性はゼロでは無い。そうやって無理矢理別のことを考えようとしても、脚にしがみつく変態の所為で現実へと戻されてしまう。


「ああ堪んねぇ……この感触は異世界でも変わらないんだな……懐かしい……元の世界が恋しいよぉ……」


 実家の犬に悪戯をする様な事をしている姿は、勇者とは程遠い年相応の男子であった。対象が犬ではなく脚である点を除けばだがこれではただの変態だ。

 いかなる刃も通さず、あらゆる魔術に耐え、毒すら効かぬ強靭な肉体であろうと持ち主が不埒な行為に耐性が無ければ意味がない。そして魔王は異性への免疫など持ち合わせている筈もなく、コアラの様に脚へしがみついて頬擦りを続ける変態にただされるがままにされていた。


 無抵抗を肯定と判断したのか勇者、いや変態は魔王のピンヒールに手をかけ、そっと脱がした。まるで格好がついていない。


「貴様……ッ!?私の装いをこうも簡単に……流石は勇者と言ったとこ……待て、何をする気だそれは違うだろやだっやめてぇ!」


 なんと変態はヒールを脱がした魔王の素足─タイツを履いているので厳密には違うが─しかも足の裏に顔を埋めたではないか。


「スゥゥゥゥゥゥゥゥッ……プハッ!カハッ!ケホッ!スゥゥゥゥゥゥゥゥッ…」


 魔王とは言え淑女の足裏に顔を埋めるに飽き足らず深呼吸をして臭いを堪能し、挙句咽せ返って咳をするまでの痴態を晒してもなお、彼の表情はだらしなく蕩けていた。


「バッ……………ばかぁ!」


 遂に魔王の怒りが羞恥を上回り、変態を蹴り飛ばした。蹴られた瞬間ですら幸せそうな表情のまま彼は壁に激突、そのまま意識を失ってしまった。


「私の脚で咳き込むなぁっっ!」


 倒れた勇者に向かってそう叫ぶ姿は、魔王という称号が嘘の様であった。

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