第17話 総理、配信者と出会う
その後も、襲いかかってくる敵を迅一郎は次々と斬り捨てていった。
刃が閃くたびに、モンスターは光の粒となって霧散していく。
:まったく危なげないね
:総理、剣筋が美しすぎます
:動きに無駄がなさすぎて鳥肌立つわ…!
:最強すぎてやばい
視聴者の称賛のコメントを浴びながら、迅一郎は危なげなく目的地に向かって歩を進めていった。
やがて、ダンジョンの中層に差し掛かった頃——
耳元のインカムから結月の声が響いた。
『総理、後方から接近反応あり』
「モンスターだろうか?」
『いえ、この反応は……人です。数は二。対象の位置情報をマップデータに反映させました。ご確認を』
「了解だ」
やり取りを終え、迅一郎は視界に展開されたマップに目を通す。
結月の言ったとおり、後方から迅一郎に近づいてくる二つのブリップが表示されていた。
「レイダーか……あるいは……」
迅一郎は静かに振り返り、腰の刀にそっと手をかけた。
接近対象が敵対的な存在だった場合に備えて、警戒しながら対象の接触を待つ。
やがてパタパタと響く足音と共に、霧の奥から二つの人影が現れた。
「やっと追いついた〜!」
「つか、そーり、マジ早すぎ! ヤバすぎっしょ!」
人影は二人の若い男女だった。
二人共、アイドルのコスチュームのようなきらびやかな衣装に身を包んでいる。
迅一郎は一目で彼らが〝ダンチューバー〟であることを察した。
ダンチューバー。
ダンジョン探索活動をリアルタイム配信することを専門とする、動画配信者のことだ。
「君たちは? どうしてここに?」
ひとまず相手が
「一体ここで何をしているのですか?」
だが、二人は迅一郎の言葉をまるで聞いていない。
彼らの視線は彼ではなく、横に浮かぶダンジョンドローンへと向けられていた。
満面の笑みを浮かべ、カメラの方へ身を乗り出す。
「国民の皆ちーーす! 紅マロと――」
「まこぴーだよー!」
「「二人合わせて———」」
「「ダンジョンポケットでーす!」」
カメラにピースサインを向けながら、軽々しい口上を述べる二人。
:は?
:ノリウザッ
:なんだこいつら?
:ダンジョンポケットって確かダンチューバーのユニットじゃなかったっけ?
:あー確か迷惑配信が売りの
その唐突な展開に、コメント欄は戸惑いの声であふれる。
だがそんなことはどこ吹く風で、ダンジョンポケットの二人は、迅一郎に馴れ馴れしく話しかけた。
「やっべーマジパネっすよ! 総理がほんとにダンジョンに潜るとか! ケッサクっしょ!」
「ねーねー、あーしらとコラボ配信しようよ、そーりー!」
まとわりつく二人に対して、迅一郎は深くため息をついた。
二人の軽薄な態度に反応する気にもなれず、視線だけ静かに逸らす。
そのままインカムに手をあて、結月へ通信をつないだ。
「白瀬くん。なぜ彼らがここに? 今日の配信のため、恐山ダンジョンには専有申請を出していたはずじゃ?」
その問いに応える結月の声には呆れが混じっていた。
『そのとおりです、総理。正規手続きを踏んだ場合、今日はダンジョン内に立ち入ることはできないはず。つまり彼らは無許可で侵入しています』
「……モグリか。まったく』
迅一郎は深いため息を吐き、肩をわずかに落とす。
視線を二人に戻すと、呆れと共にわずかな苛立ちが胸をよぎった。
モグリ——
本来、国の管理下にあるダンジョンへ、正式な申請もせずに侵入する違法行為のことだ。
それは単なるルール違反では済まない。
常に命の危険と隣合わせのダンジョンにおいては、命の危機に直結する重大な違反行為だ。
迅一郎は眉をひそめ、二人に忠言を向けた。
「君たち……ここはダンジョンだ。許可のない者の侵入は禁止されている。君たちも探索者であるならば、理解しているだろう」
「えー潜入許可ならマネージャーがとりましたよ? 知らんけど」
迅一郎の注意に応対したのは紅マロと名乗った青年だ。
「総理ー、固いこといいっこなしー。こうして一緒なんだから、あーしらとコラボ配信しよーよー。うぇーい」
まこぴーと名乗った少女も、その言葉に続く。
:うぜえ
:あーこれ絶対、総理の配信に便乗してるなw
:売名ってレベルじゃねぇw
:総理の人気に乗っかって再生数稼ごうって魂胆見え見え
:総理、こんなやつらほっとけ。まともに相手する必要なしよー
流れるコメントに指摘されるまでもなく、迅一郎もこの若きダンチューバー達の魂胆を察していた。
再生数稼ぎのために、自分の配信に便乗しようとしている——
その意図は明白だ。
だが、呆れた気持ちを抱えながらも、迅一郎は二人を見捨てられなかった。
現在地は、恐山ダンジョンの第5層。
もう少し進めば、数多くの探索者が帰らぬ人となった場所となった〝死者の回廊〟までたどり着く。
ここで突き放して、勝手な動きをされた場合、この二人の命の保証はない。
その結末が、たとえ自業自得であっても、迅一郎にとっては見過ごせるものではなかった。
迅一郎は配信者である前に、ひとりの政治家であり、この国の総理大臣だ。
国民の安全を保障する義務がある。
たとえ相手が軽率な若者であっても、今この瞬間、命の危険に晒されているのなら手を差し伸べる。それが彼の信念だった。
「わかりました。臨時的体制として同行を認めます——」
「やっり〜、話わかんじゃん、さすが総理大臣!」
「やったー、みんなー、あーしらの名前を覚えてねー。ダンジョンポケットのまこぴーと紅マロくんだよー!」
軽いノリを崩さない彼らに、わずかにため息をつきながらも、迅一郎はきっぱりと言葉を続ける。
「そのかわり、絶対に私から離れないこと。君たちが今足を踏み入れる場所は未踏ダンジョンです。一寸先にどんな危機が待ち受けているかわからない。いいですか?」
「「うぇ〜い」」
:いやいや、なんで許可しちゃうの総理!?
:こいつら絶対足引っ張るって!
:空気読めなさすぎてイライラするんだがw
:真面目に警告してるのに「うぇ〜い」って何だよ…
:これもう死亡フラグ立ってんじゃん
:むしろ死んでくれまである
迅一郎の対応に苛立ちを募らせるコメント欄。
こうして予期せぬ同行者を引き連れて、迅一郎は探索を再開した。
***
「結月くん。ポイントDに到達した。周囲の敵対反応は」
『今のところシグナルはありません。そのまま進んでいただいて結構です』
「了解した」
ダンチューバーコンビ、ダンジョンポケットの二人が加わったことで、迅一郎はより慎重に周囲の索敵を行いながら、目的地に向けて歩を進めていく。
敵との遭遇を避けているのは、当然ながら、彼らを危険から遠ざけるためだ。
「つか、敵がでてこないねー」
「早くエンカウントしてくれないかな。敵が出ないと盛り上がらないし」
「それなー」
「総理の瞬殺シーンを最前線からお届けするよー、お楽しみに!」
しかし当の二人は、迅一郎の配慮にまったく気づかない。
死の危険に隣り合わせのダンジョン内に身を置きながら、安全確保をまるで気にかけず、まるで観光にでも来たかのように、カメラに向かって無邪気に笑顔を振りまいていた。
:ウザいウザいウザいウザいウザい
:イライライライラ
:まじでコイツらがカメラに写るたびに見る気が無くなる
:とっとと消えろ
「怒らないでよ〜、うぇ〜い!」
「いっつも笑顔で明るく楽しく! ダンジョンポケットのまこぴーと紅マロくんで〜す! みんな、あーし達の名前を覚えてね〜! キラキラ☆」
そんな視聴者の神経を逆撫でするように、まこぴーは舌を出してウィンクし、紅マロはダブルピースサインを取りながら「うちらのチャンネル登録よろしくねー!」とカメラに向かって笑顔を振りまいた。
視聴者のフラストレーションは溜まり、コメント欄は荒れゆく一方である。
『総理、残念なお知らせが——』
ふと、インカム越しに結月の声が届いた。
「どうした、白瀬くん?」
『現在の支持率8.9パーセントです。マイナス0.9ポイント、支持率が低下しました』
「そうか、残念だ」
結月の指摘に、迅一郎は小さくため息をつく。
『原因は明らかです。あのダンチューバーの同行のせいです』
「うむ……なんとか彼らには控えてほしいものだが……難しいだろうね」
『総理、今からでも遅くありません。こちらで送迎班を手配します。この二人を配信から切り離しましょう。このまま同行を許せば、さらなる支持率の低下も予想できます』
結月は迅一郎に提案した。
抑えきれない苛立ちが、通信越しの声音に滲んでいる。
だが、迅一郎は結月の提案を却下した。
「それはできない。この二人の態度を見るに、彼らは人の言う事を素直に聞くタイプではないだろう。僕がここで突き放しても、どうせこっそりと後をつけてくるに決まっている。それならば、せめて目の届く範囲にいてもらった方が安全だ」
その言葉に結月は、小さく息を呑む。
『……勝手に先輩の足を引っ張って……そんなの自業自得じゃないですか……』
誰にも聞こえない小さな声で、ぽつりと本音をこぼした。
「? 白瀬くん? すまない、上手く声を拾えなかった。もう一度言ってくれるかい?」
『いえ……なんでもありません』
結月はそれ以上の反論をしなかった。
迅一郎の考えは、誰よりも理解している。
どんな状況でも、彼は見捨てない。
たとえ相手がどんなに愚かな人間でも、助けを必要としているなら必ず手を差し出す——それが和泉迅一郎という人間だ。
それでも、結月の胸に渦巻くのは、理屈では割り切れない苛立ちと不安。
迅一郎の優しさが、ダンジョンにおいて命取りになりかねないことを、彼女は何よりも恐れていた。
小さく息を吐き、結月は感情を押し殺して通信を続ける。
『……了解しました。送迎班は引き続き待機をさせますので、状況に変化があればおっしゃってください。私の方では、引き続き索敵データの更新を続けます』
「助かるよ」
迅一郎は回線を切ると、前方を歩くダンジョンポケットの二人の後ろ姿を見やり、小さなため息をついた。
「いつも余計な負担をかけてすまないね、結月……」
誰に聞かせるでもない感謝の念を言葉に残し、彼は再び暗闇の先を歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます